悪魔が来りて梟を欺く(6)
妖気の感知――肉体強化の仙技の完全会得――幸善の次の目標は定まったが、そのために入れた気合いは少し空回りすることになった。
その最大の理由が牛梁の忙しさだ。
幸善の気合いは宙に浮かんで消えることになったが、それはあくまで仙技の会得に関することだけだ。妖気の感知の特訓は怪我の危険性がないからと許可も出たので、幸善はそちらに全力を尽くすつもりだった。
しかし――妖気の感知はかなり地味だった。できるだけ身近な妖怪がいいと言われたので、ノワールを相手にし、幸善はその前でじっとノワールから漂う気の流れを感じ取ろうとする。それを繰り返しているだけだ。
幸善的には、そこに何かしらのコツがあって、そのコツを冲方か、最悪相亀に教えてもらうのかと思ったが、二人はコツなど知らんという顔で、「勘」の一言だけを伝えてきた。
つまり、二人は何となく妖気を感じ取っているのかと思ったが、それもそういうことではないらしく、そこには明確な感覚があるらしい。ただ、その感覚を掴めるかどうかは勘ということだそうだ。
そこに至るきっかけもなければ、方法もない。ただ突然、妖気がそこにあると分かる瞬間まで、努力を怠らないことだと言われ、幸善は欠伸が出そうになった。まさか、それをやるのかと言いたかったが、それを言ったところでやることに変わりはない。
幸善はノワールを目の前に、ただただ妖気を感じ取る瞬間が来ることを待った。
しかし、待っても待っても、妖気を感じ取ることはできないでいた。そもそも、妖気という目に見えない、自分の身体とも関わらないものを感じ取ることは難しい。周囲を漂う煙を肌で感じろと言われているもので、目に見るや音で聞くよりも遥かに抽象的だ。
これは本当に可能なのかと幸善は疑い始め、その疑いもあってか、妖気を感じ取ることができないまま、週末を迎えていた。
幸善はノワールを前にする――ことをやめ、休日で通う必要のない高校の前にやってきていた。もちろん、妖気の感知を諦めたわけではない。高校に授業を受けに来たわけでもない。
ただ幸善はその場所で待ち合わせをしていたのだ。
その相手の一人が、幸善の到着から数分後、その場に顔を現す。
「幸善君、お待たせ。待たせちゃった?」
「いや、大丈夫」
心配した様子で聞いてくるのは東雲だ。今日は数日前に貰った賄賂を使うために、東雲や我妻と待ち合わせした日だった。高校前に三人で集まり、そこから、フクロウカフェまで移動しようということになったのだ。
「フクロウカフェってどんなところだろうね?」
まだ来ない我妻を待ちながら、東雲が楽しそうにそう聞いてくる。そういえば、東雲は動物が好きだった―――と思い出したところで、幸善は何かを忘れている感覚に襲われる。
何か――大事な何かを忘れている――
幸善が考え込もうとした直後、ようやく三人目が姿を現す。
「待たせたな」
「ああ、我づ…ま…?」
現れた我妻の姿に幸善は思わず絶句していた。その様子から不思議そうな顔で我妻に目を向けた東雲も、その瞬間に言葉を失っている。
「ス、スキー…?」
フェイスマスクで口元を隠し、顔半分を埋めつくそうとしているゴーグルで目元を隠した我妻は、これからスキー場にでも行くようだった。
ただ今は既に春――それも、もう少しで夏に変わる季節だ。スキー場に行っても、目当ての雪は少しも積もっていないはずだ。
「ど、どうしたの?その格好…」
東雲が驚きから心配に表情を変えながら聞いていた。
それもそのはず――我妻は暑さからなのか、単純に息苦しいのか、とても荒い呼吸をしている。今にも死に絶えそうな様子に心配しない方が異常だ。
「フクロウカフェに行くから……」
「いや、その格好のどこにフクロウカフェ要素があるんだよ?」
「これくらいしないと、俺はアレルギーだから大変なことになるし」
『……あ』
幸善と東雲が同じタイミングで、とても間抜けな声を漏らした。誘った幸善も、一緒に誘われた東雲も完全に忘れていたが、我妻は動物アレルギーだった。
「ご、ごめん…完全に忘れてた…」
「私も…それなら、言ってくれたら良かったのに…」
「割り引かれるのに行かないというのは勿体ない気がして」
「いや、そこまで身体張ることじゃないから。無理そうなら、我妻はやめておくか」
「そう言わないでくれ。ここまで来たんだ」
我妻がゴーグルとフェイスマスクを交互に指差しながら、幸善と東雲にアピールしてくる。確かに、このまま帰すのも可哀相だと思うが、この格好でフクロウカフェを楽しめるとも思えない。
「その口だと何も飲めないし、食べられないかもしれないのに?」
「気合いで行く」
「そのゴーグル越しでしかフクロウを見られないのに?」
「ある意味、貴重」
何としてでも帰りたくない――そんな様子の我妻に「帰れ」とも言えず、結局、幸善と東雲と完全防備で怪しさMAXの我妻の三人で、フクロウカフェまで行くことになった。
―――が、我妻の格好を超える問題はここからだった。
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