悪魔が来りて梟を欺く(4)

 奇隠Q支部・中央室――その中央に位置する支部長席に堂々と座る男がいた。Q支部の支部長・鬼山きやま泰羅たいら――ではなく、特級仙人・序列持ちナンバーズNo.4、ラウド・ディールだ。


 本来は鬼山が座っているはずの席に当たり前のように座り、本来座っているはずの鬼山は当たり前のように隣に突っ立っている。そのことに触れることもなく、ディールは感触を確かめるように椅子ばかりに目を落としている。


「支部長という割には粗悪な椅子に座っているなぁ。何だ?日本にはこれくらいの椅子しかないのか?それとも、地べたに座るから椅子がどんな物か知らないのか?」


 ニヤニヤとした笑みを浮かべ、ディールがそう口に出した。その英語を正確には聞き取れなかったが、聞き取れた英単語から察するに、悪口だということは分かった。

 そのためか、飛鳥あすか静夏しずかが少し言いづらそうに聞いてくる。


「訳しましょうか?」

「いや、いい。何となく分かった」


 ロクでもないことを言っているに違いない――鬼山のその判断は間違ってはいなかった。


 愚にもつかない感想を漏らしながら、やがて満足したのか、ディールが鬼山に目を向けてくる。ニヤニヤとした笑みは崩すことなく、ほとんど何も言わずにただ手を差し伸ばしてくる。


「で?」

「で、とは?」


 鬼山でも分かる簡単な英会話が交わされ、ディールは呆れた顔をする。分からないのか――と言いたげな様子だが、今の流れで分かるわけがない。


人型ヒトガタの資料だよ。ここの仙人が遭ったやつ。それがあるはずだろう?俺はそのために来たんだぞ?分かるかぁ?」


 人型の資料――仙人――全体的な意味は分からなかったが、それらの単語から察するに、要求してきたものは接触した人型に関する資料かと、鬼山は理解できた。

 鬼山よりも分かっているはずの飛鳥に目を向けると、飛鳥がさっと近くに置かれた資料に目を向けている。そのまま、飛鳥が顎でその資料を示した。


「いや、取ってくれないのか?」

「え?私が取る流れでしたか?」

「それ以外の流れがあった?」


 抜けた発言をする飛鳥と鬼山の会話に、聞き耳を立てていた軽石かるいし瑠唯るいが我慢できなかったように吹き出している。その声を聞き、言葉を理解できないはずのディールにも伝わったのか、ディールが呆れた顔で鬼山と飛鳥を見てくる。


「コントなら、グローバルにやってくれよ。日本語だと俺には伝わらないぜぇ?」

「コントでは――いや、説明が難しい」


 日本語をうまく英語に変換することができず、鬼山はディールへの説明を諦めた。それを誤魔化すように、飛鳥に頼んだはずだが伝わらなかった資料を取る行動を、自分自身が代わりに行う。


 その資料をディールに渡し、鬼山は飛鳥に目を向けた。通訳――そう伝えたつもりだが、ちゃんと伝わったのだろうかと不安に思いながら、日本語でディールに語りかける。


「我々が接触した人型は二体です。No.7・戦車ザ・チャリオットとNo.14・節制テンパランス。どちらも接触後、死亡を確認することなく逃げられた形になります」


 今回は飛鳥にうまく伝わったようで、鬼山の言葉を訳してくれた飛鳥の声を聞き、ディールが鼻で笑っている。


「二体も接触して、捕獲も討伐もできずに逃げられたのかよ。日本はポンコツの集まりかぁ?」

「逃げられはしましたが、情報は手に入れました。特に節制に関しては、使用する妖術が匂いに関するものだということまで分かっています」

「そこまで分かったなら、しっかり止めを刺せよ。誰が相手したんだぁ?」


 ディールが資料に目を落とし、そこに幸善の名前を見つける。


「頼堂幸善…?三級仙人って書いてあるが、本当にこいつが…」


 そう聞こうとしたディールが鬼山に目を向ける直前、何かを思い出したように再び紙に目を落としていた。


「ああ、そういうことか…こいつはまさか、噂に名高いか…?」

「どうかされましたか?」

「い~や、何でもないねぇ…」


 ディールが面白そうに笑ってから、資料に落としていた目を動かす。戦車に関する記述がある場所まで視線を向けてから、不意に大きく声を出すように笑い出した。


「何だぁ?No.2のやつが人型にボッコボコにされてるじゃねぇーかよぉ。こんな面白いことがあったのかよ?なぁ?」


 心底面白いギャグを聞いたように、秋奈あきな莉絵りえが敗北したことをディールは楽しそうに笑っていた。その笑いの意味が分からず、鬼山は困惑しながら、聞かれるままにうなずく。


「やっぱり、あんな小細工だけのなんちゃってNo.2じゃ、ダメってことだなぁ。強さにはそれ相応の力がないと…あー、でも、このNo.7には感謝するぜぇ…あの女が使えないことを証明してくれたみたいだからなぁ…」


 いかにも感慨深そうに趣味の悪いことを言うディールの姿に、鬼山は言葉を失っていた。本当にこの人物が味方で大丈夫なのかと猛烈な不安に襲われる。


「さて、取り敢えず、分かったことはこいつだな」


 ディールが資料を鬼山に突き出し、その一点――幸善の名前の部分を指差す。


「頼堂…?彼がどうかしましたか?」

「餌…?どういう意味ですか…?」

「そのままの意味だよ。そいつを使って、人型をおびき寄せるんだ。で、出てきた人型を俺が捕まえる、もしくは殺す。それで最終的にNo.0を引っ張り出せたら、それで終わり。過去に餌ができたことなんてなかったからなぁ。こいつはラッキーだ」

「いや、待ってください!?」


 あまりに非人道的な考えに鬼山は納得することができなかった。思わず声を荒げると、気を悪くしたのか、ディールが睨みつけるように見てくる。


「何だぁ?」

「確かに人型は頼堂を狙ってきましたが、それで頼堂を利用するのは、あまりに危険だと思います」

「危険?それがどうしたぁ?」

「どうした…?」

「人型に勝てない仙人など、奇隠の存在理由から考えて価値がない。価値のないものがどんな目に遭っても、何も問題はないだろう?」

「そんな言い方…!?」

「辛うじて餌としての価値があるんだから、それを使わないでどうする?それがダメだって言うなら、そんなやつ、イラネェーだろ?」


 ディールは小さく笑みを浮かべながら、そこまで言い切った。その言葉に鬼山は言いたいことがあったが、その数があまりに多すぎて、何も口に出すことができない。


 ただ腹が立った。ディールの価値観の中では、多くの仙人は存在意義がないらしい。多くの仙人が不必要らしい。その明らかに誤った考えを、正義として振りかざす目の前の男の態度に、腹が立っていた。


 それでも、鬼山が言葉を選び切れないでいる間に、ディールは立ち上がっていた。


「まあ、早く決断しろよ。絶対にその方が使えるから。俺は部屋に戻るからな。邪魔すんなよ」


 ディールが中央室を出ていく。その姿を見送ってからも、鬼山は何も言えない自分に腹が立ってくる。


「本当にあの人で大丈夫なんですか?」


 飛鳥がまたその質問をしてきたが、今回は何も返すことができなかった。

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