悪魔が来りて梟を欺く(3)
幸善はベッドの上に胡坐を掻き、首を傾げていた。目の前には穂村から貰った割引券が置かれている。水月が世話になっているお礼――に見せかけて水月を守るように頼んできた賄賂みたいなものだ。まあ、実際は言葉ほどのものではなく、非常に可愛らしい懇願だったので、幸善も相亀も気にすることなく請け負った。
――のだが、問題はその後だった。幸善、相亀、それから牛梁の物と思われる三枚の割引券を受け取ったのだが、それを牛梁に渡しに行った先で牛梁が言ってきた。
「すまないが、今は時間が取れそうにない。それは二人にあげるから、他の人を誘って、行ってくるといい」
「え?いや、でも期限とか…」
そう言いながら、券に目を落とし、ばっちり期限が書かれていることに気づいた。
「あ。あった」
「その方がいいみたいだな」
牛梁に渡る予定だった割引券が幸善の手に渡り、それをどうするか、相亀と話そうとした瞬間、相亀の割引券が目の前に差し出された。
「ほら、これやるよ」
「は?」
「いや、お前と行くとかないし、他に行きたそうなやつもいないし、お前に渡した方がいいだろ」
「とか言って、水月さんを見捨てるつもりだな?」
「俺は鬼かよ…穂村とした約束は別に物に釣られたわけじゃねぇーし、その券はあってもなくても関係ねぇーよ」
「どうした?カメに飲まれた影響か?」
「どういう意味だよ…?」
「いや、相亀が真面なことを言っていると思って」
「だから、人を奇人みたいに言うな」
「カメの腹から脱出した人って聞いたら、奇人っぽいから」
「それは…!?奇人っぽいな…」
そんなこんなで相亀の割引券も幸善の手に渡り、幸善の前に三枚の割引券が並ぶことになった。それを見ながら、幸善はどうしようかと考える。一枚を自分で使うとしたら、残りは二枚。普通に
久世は割引とか関係なくてもついてくるだろう。そうしたら、東雲は気を遣い出すかもしれない。その展開はいろいろと落ちつかない。
ここは久世に知られずに二人を誘うか――幸善はスマートフォンを取り出す。
アルバイト先で割引券を貰ったから、二人も一緒にフクロウカフェに行かないか――と聞いてから、幸善は思う。
「フクロウカフェって何だ?」
今の今まで疑問に思っていなかった――というか、気づいていなかったが、店の内容がかなり特殊だった。賄賂的な渡し方をされた券なら、もっと身近なファミリーレストランとかの割引券かと勝手に思っていたが、良く見てみるとフクロウカフェ。どこにある店だ――と幸善は首を傾げる。
誘った側がこれだけ動揺しているのだから、二人はもっと困惑していることだろう――と思った直後、二人から返信が来る。
東雲――いいよ。
我妻――部活があるから、週末でも大丈夫か?
「いや、疑問は!?そんな、すぐに受け入れる!?」
あっけらかんとした二人からの返信に、思わず幸善が絶叫していたら、その声に呼ばれるように部屋にノワールがやってくる。
「五月蝿いぞ。ストレスが溜まっているなら、カラオケにでも行けよ」
「ノワール。ちょうどいいところに来た。お前はフクロウカフェって聞いたら、どう思う?」
「フクロウを調理するのか?」
「お前はお前でサイコだな。あいつらと違った方向でヤバいよ」
「何だよ、急に。犬のことを捕まえて、サイコとか言うな」
「フクロウカフェって言ったら、普通はフクロウがいるのかとか、フクロウは危なくないのかとか、気になるポイントがあるだろう?」
「そうなのか?」
「いや、お前に聞いている俺も俺だけど…」
もしかしたら――自分の知らない間にフクロウカフェがメジャーになっているのか――不意に幸善は想像する。
テレビで流行りのフクロウカフェが紹介され、女子高生が放課後にフクロウカフェで恋バナをして、フクロウと一緒に撮った写真をSNSに上げる時代が来ているのか―――
一通り考えてから、幸善はかぶりを振る。
仮にそうだったとしても、東雲と我妻はそういった流行りに疎い方だ。フクロウカフェが流行っていたとしても、流行っているからという理由で行くどころか、流行っているということを知らないはずだ。フクロウカフェに行って、そこで流行っていることを知って驚くタイプだ。
そう思ってから、幸善は気づいた。
そうか――そもそも、世間とずれている二人だ――
「どうした?悟ったみたいな顔をしているが?」
「ああ、真理に辿りついたみたいだ」
悟った幸善が落ちついた頭でノワールを見る。
「あ、そうだ。ノワールに言っておかないといけないことがあったんだ」
「はあ?俺に?」
「ちょっと待っててくれ。先に約束だけしておくから」
幸善が東雲と我妻に返信する。
今週末の土曜日。貰った割引券を持って、フクロウカフェに行くことに決まった。
フクロウカフェ――店の名前は――割引券に目を落とし、幸善は動きを止める。
「いや、もう良く分からん」
「何が?」
幸善は常識が通用しない世界を覗き見た気分になった――が、そもそも、奇隠で仙人をしている時点で、常識が通用しない世界の住人になっていることに幸善は気づいていなかった。
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