悪魔が来りて梟を欺く(2)
再び風を起こせた。その確かな事実が幸善の心を強く躍らせていた。
これで今度は
まだ風を起こすメカニズムが完璧に判明したわけではないが、その一端を掴めたことで、幸善はその希望に満ちた考えを懐いていた。
その隣で、正反対の表情をした男が歩いていた。それはもちろん、
ほんの数十分前まで、相亀はカミツキガメのお腹の中でもがいていたのだが、そこからようやく脱出できたと思ったのも束の間、鞄の中にゴミをぶち込まれそうになったり、
もちろん、相亀は拒絶したが――
「カメと一心同体になったお前以外に誰が運ぶんだよ?」
――という幸善の謎理論を有間隊の三人が支援し、相亀がカミツキガメを運ぶことに、相亀の意見を聞かないまま決定してしまっていた。
その疲労もあって相亀の顔色は悪く、悪夢に魘されているような絶望に満ちた顔をしていた。
「何か今日は疲れたな…もうお前に怒る気力もないわ…」
「どうした?そんなにカメの腹の中は大変だったのか?」
「寧ろ、そこから出た後の方が大変だった…」
相亀は全身から帰りたいという気持ちを発していたが、幸善はまだQ支部に用事があった。カミツキガメやアメンボを渡し、仕事の報告は済ませたが、それとは別に確かめたいことがある。
まだ判明してない風の発生メカニズム――その部分に関して、幸善の中で仮説が生まれたので、その検証をしたかった。
そのため、風の見極めができそうな人物――今回は
「なあ、冲方さんって、どこにいると思う?」
「冲方さん?さあ?今は忙しいみたいだし、ここにいない可能性もあるんじゃないか?」
「ああ、そうか…」
相亀の言うことは尤もだった。最近の冲方の忙しさを見るに、Q支部から出ている可能性は十分にある。冲方を探しても時間の無駄かもしれない。
それならもう一人、幸善には当てがあった。元々、その人物のところに行く必要もあったので、幸善はそちらに当たってみようかと考え始める。
その時、幸善と相亀の前を一人の少女が通りがかった。幸善達と同じくらいの年齢の少女だ。同世代の仙人とは虎の一件で多く逢ったが、その少女は初めて見る――と幸善が思っていると、その隣で相亀が呟く。
「あ、穂村だ」
その声に反応するように、穂村が立ち止まった。幸善と相亀の顔を見て、小さく会釈をする。
「えっと…相亀君、だったよね?」
「ああ」
「貴方は…」
「俺はら…」
「もしかして、頼堂君?」
幸善が名乗ろうとした途端、穂村が自分の名前を呼んだことに幸善は驚いた。初めて見るはずだが、以前に逢っていたのかと思っていると、穂村がすぐに自己紹介をしてくれる。
「私は水月悠花の友達の穂村陽菜です。頼堂君のことは悠花から聞いてます」
「ああ、水月さんの友達…友達?」
その表現に幸善は引っかかった。仙人だったとしたら、何級仙人とか、何隊所属とか、他に言い方があるはずだ。水月の友達であることを強調したりしない。
今の説明だとまるで――そう思っていると、隣でその考えを読んだように相亀が言う。
「穂村は一般人だ。仙人じゃない」
「え?仙人じゃないの?でも、ここQ支部だよね?」
入っていいのか――そもそも、どうやって入ったのか――幸善の疑問は重なるが、相亀は至って冷静だ。
――と思ってから、さっきの反応を思い出す。相亀と穂村の反応は以前にも逢ったことのある反応だ。
良く出入りしているのか―――そう思ったところで、相亀が口を開く。
「家族とか、友人とか、親しい人に仙人のことを話す人は多いんだよ。ある程度知っておいてもらわないと、日常生活に支障を来す場合があるからな」
「それって、俺も話していいってこと?」
「まあ、相手が信頼できるなら話してもいいんじゃないか?俺は話してないが」
「何で?」
「変な負担をかけたくないんだよ。巻き込むかもしれないしな」
「おおぅ…相亀が真面なことを言っている」
「人を奇人みたいに言うんじゃねぇーよ」
幸善は家族や友人、身近な人物の顔を思い出していた。仙人や妖怪のことを話したら、どのような反応をするだろうか――と想像してみて、幸善は苦笑する。きっと笑われるか、心配されるかの二択だ。話すだけ無駄だな、と思い、幸善は穂村を見た。
少し微笑んではいるが、その奥には悲しみが見え、幸善の胸が痛む。
「水月さんのこと、ごめんね」
「え?どうして、急に?」
「いや、怪我の原因は俺だし。俺がもっと強かったら、あんな怪我を負わずに済んだと思うし」
「そんなの…悠花も気にしてないから…それに分かってたことだから…寧ろ、ありがとう…悠花を助けてくれて」
幸善と穂村はお互いに気まずそうな顔をしていた。そのまま向き合う二人に相亀が困惑している。
「あ、そうだ」
そこで不意に穂村が思い出したような声を出す。どうしたのかと思っていると、鞄の中から小さな紙を三枚取り出した。見てみると、どこかの店の割引券のようだ。
「これ。二人にお礼。もう一人いるって聞いたから、その人にも」
「お礼って…そんなの別にいいのに」
「ううん。いいから。だから、悠花をお願いします」
頭を下げる穂村に幸善と相亀は困ったように顔を合わせる。お礼――と言ってはいるが、その実は懇願に近い。ここで受け取らないのは、穂村の頼みを投げ捨てるようなものだ。
「分かった。任せて」
「こいつと違って、俺は怪我させないようにするから」
幸善と相亀が割引券を受け取り、穂村はほっとしたように笑っている。その顔を見てから、幸善は相亀の足を小さく踏みつけた。
「痛っ!?」
「どうしたの?」
「いや、何でも…」
睨みつけてくる相亀に笑みを向けながら、幸善と相亀は穂村と別れる。それから、向かおうと思っていた冲方以外の当てに二人は向かったが、その当てにしていた人物は外出中だった。
「またいないし」
「お前、良くこんなところに来れるな。怖くね?」
「怖くないよ。ただの自称ミステリアスなお姉さんだし」
結局、この日は検証を諦め、幸善と相亀は
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