亀が亀を含んで空気が淀む(6)
それは突然の出来事だった。
気絶したカミツキガメを連れていこうとした時のことだ。幸善が代表してカミツキガメを持つことになった。
「思っていたよりも重い…」
カミツキガメを持ち上げた幸善が驚いたように呟く。その声が聞こえたのか、浅河が幸善の持つカミツキガメを覗き込んでくる。
「どれくらいなの?」
「生首よりも少し重たいくらい」
「ちょっと持ったことないものを基準にしないで」
引いている浅河を置いて、幸善はせっせとカミツキガメを運ぼうとする。そのまま池から出ようとして、カミツキガメを運んでいる自分の姿に滑稽さに気づく。
「これって、このまま運ぶの?」
「いや、知らないけど…」
「何か持ってきてないの?」
美藤の質問に幸善はかぶりを振る。幸善と相亀は応援頼りに、ほとんど何も考えずに池までやってきたので、考えたら分かる必要な物は何一つとしてない。
カミツキガメを抱えたまま、純粋無垢な表情でかぶりを振る幸善を見て、浅河は呆れを隠していなかった。その隣で美藤は考えてくれているみたいだが、皐月はいつもの無表情で何を考えているのか分からない。
「それなら、鞄の中に突っ込めば?」
「いやいや、臭いつくから嫌だよ」
「いや、相亀君の鞄が転がっているでしょ?」
「凄いなぁ。浅河さんは鬼畜みたいな発想を平然と言うんだなぁ」
いくら相亀がご臨終したからといって、相亀の鞄にカミツキガメをぶち込むのは少しだけ良心が痛む――気がする。他の手段があるのなら、その手段を選びたい。
浅河の提案にそう思った幸善の気持ちを察したのか、それとも、気にする暇もなく探し始めていたのか分からないが、幸善達の鞄が置かれている場所を皐月が指差した。
「コンビニのビニール袋もあるよ」
「ああ、そっちにしよう」
「いや、でも、まだ中入ってるし」
「一個だけゴミ袋にしてる奴があるよ」
「中のゴミを捨てたら何とかなるかもね」
美藤達の会話を聞き、幸善の灰色の脳細胞がフル稼働した。これまでに渡された情報から、一つの最適解を導き出す。
「相亀の鞄にゴミをぶち込んで、ビニール袋にカメを入れよう」
「頼堂君も鬼畜みたいな発想を平然と言うんだねぇ」
浅河の呆れた視線に晒されながら、幸善の提案が可決された。ビニール袋にカメを入れるため、幸善達は鞄やビニール袋のところまで戻ろうとする。
その途中、浅河が不意に呟いた。
「痛っ…!?」
「どうしたの?大丈夫?」
浅河が不意に立ち止まり、痛そうに自分の指を見ている。その様子に心配した美藤が声をかけ、浅河の指を覗き込んでいる。
「何か急に切れた」
「本当だ。絆創膏とかあるかな?」
美藤が鞄の方を見ながら言った瞬間、幸善も手に痛みを覚えて、カミツキガメを放しそうになる。
「何だ…?」
幸善が自分の手を見てみると、あかぎれのように一部が切れている。さっきまではなかった傷に、幸善はカミツキガメを抱えたまま、つい首を傾げる。
「何か、ビューってしてる」
聞こえてきた声に顔を上げると、絆創膏を探しに行ったのか、美藤達が池から出ようとしているところだった。荷物が置かれているところの近くに立ち止まり、池から上がることなく、何かをしている。
完全に置いてけぼりを食らった幸善が慌てて合流しようと思った直後、美藤達の表情が困惑していることに気づいた。
その表情の理由にも、そこでようやく気づく。
「風の…壁…?」
幸善が見上げてみると、池を取り囲むように強風が吹き乱れていた。見たことのない現象に、幸善はあんぐりと口を開けて驚いてしまう。
その間に美藤達はその強風の壁を突破しようと、強風の中に突っ込もうとしていた。
「いやいや、無理だよ、これ!?扇風機に指を突っ込む気分だもん!?」
「何これ、どういうこと?あのカメの仕業?」
浅河が幸善に目を向けてくるが、幸善が抱えたカミツキガメは意識を失ったままで、何かをしている気配はない。
まさか、と幸善が可能性に気づいた直後、美藤が小さく声を漏らす。
「痛っ…」
「どうしたの?」
美藤は虫歯を患ったように頬を押さえて痛がっていた。その様子を見た皐月が美藤の手を退けさせると、美藤の頬に小さな切り傷を見つける。
その傷を見た途端、幸善と浅河は自分の手にできた傷を確認していた。
「間違いない…まだいる…」
幸善の呟きに気づいた美藤達の視線が幸善に集まる。
「カメだけじゃない。もう一体、妖怪がこの池にいるんだ」
幸善のその発言に、美藤達の表情は少しずつ強張っていた。
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