亀が亀を含んで空気が淀む(4)
想定よりも早くに見つかったカミツキガメ。それを幸善達は取り囲んでいた。カミツキガメを中心とし、そこから適切な距離を保ちながら、円を描いている形だ。
ここから、カミツキガメの捕獲を行いたいのだが、その前に確認することがあった。
カミツキガメが妖怪なのかどうかという点だ。その部分を確認しないと、カミツキガメに対して適切な対処を取ることができない。
五人が揃ってカミツキガメに目を向けている中で、幸善はその確認をするために、少しカミツキガメに近づいていた。
「お前は妖怪なのか?」
幸善はいつものようにカミツキガメから聞き出そうとする。カミツキガメが妖怪なら、幸善にも理解できる言葉を発するはずだ。
ここでカミツキガメが妖怪だとしたら、手荒い捕獲方法を選ばずとも、意思疎通が取れる可能性がある。
その希望が幸善の目の前でちらついていたのだが、カミツキガメはその希望を叶えてくれないようで、なかなか言葉を発してくれない。
これはまさか、カミツキガメは妖怪ではなかったのか。そう幸善が思い始めた中で、カミツキガメを警戒したまま、相亀が思ったことを口に出す。
「ところでカメって鳴くの?」
相亀の視線に幸善は戸惑い、美藤に目を向けていた。美藤も戸惑いが移ったように皐月に目を向け、皐月も同じように浅河に目を向けている。その浅河の視線が相亀に向いた瞬間、相亀が気づいたことに声を荒げた。
「いや、鳴かねぇーだろ!?」
相亀のこの意見は間違っていなかった。カメには声帯がないので、幸善が望んでいるような声を出すことはない。
「あれ…?じゃあ、どうやって確認するんだ…?」
「そんなのいつもみたいに直接妖気を確認したらいいんだよ」
相亀は当たり前のように言ったが、言われたところで動き出す人はその場にいなかった。そのことに怒ったのか、相亀が幸善を睨みつけてくる。
「いやいや、俺は妖気の確認できないから」
「あ、そうか。お前、使えねぇーな」
「んだと!?」
幸善が相亀に殴りかかろうとした瞬間、カミツキガメが軽く動き、幸善は咄嗟に動きを止める。
こうして適切な距離を保っているのは、カミツキガメの強力な顎があるからだ。仙気によって肉体の強化をしたら、指を持っていかれることはないかもしれないが、カミツキガメがただのカミツキガメだった場合に、不用意に傷つけることになる。
カミツキガメがどういう扱いか分からないが、あまり傷はつけたくない。そのため、カミツキガメに噛まれることは避けたかった。
美藤達も考えは少し違っているかもしれないが、噛まれたくないとは思っているようで、カミツキガメが動いたら、同じように動きを止めている。
相亀が試しに美藤達に目を向けていたが、美藤達は揃ってかぶりを振っていた。カミツキガメという危険なものに自分達は近づきたくないということだろう。
そもそも、幸善は美藤達と一緒に行動した山で、三人がどのように仙技を扱うのか見ていない。場合によっては肉体の強化が弱くて、指を持っていかれる可能性もあるのではないかと心配してしまうところもある。
そう思っていたら、相亀がゆっくりとカミツキガメに近づき出した。この中だと適任は相亀しかいない。そのことに相亀自身も気づいたのだろう。
「もう少し近づかないと分からないか…」
貰った紙に書かれていた情報によるとカミツキガメの動きは素早いらしい。油断したら持っていかれると書かれていたので、流石の相亀も慎重になっている。
触れる、というところまでは行かなかったが、かなり距離が近くなったところで、相亀は何かに気づいたのか、ゆっくりと顔を周囲に向けていた。
そこで幸善や美藤達と目が合うと、ゆっくり首を縦に振っている。
要するに、カミツキガメは妖怪らしい。
そのことが分かったら、後はカミツキガメが何かをする前に捕獲してしまう。
そう思った幸善が相亀と一緒に飛びかかろうと、アイコンタクトを取った直後だった。
水面から顔を出したカミツキガメが口をぽかんと開けた。その動きに相亀は噛みつかれると思ったのか、慌てて距離を取ろうとする。
次の瞬間、掃除機のようにカミツキガメの口が空気を吸い込み始め、その流れに巻き込まれるように相亀の身体が宙に浮いていた。
『あ』
相亀以外の四人が揃って口に出した瞬間、相亀の身体がカミツキガメの口の中に消えていく。
カミツキガメ発見から約三分。亀ちゃんが亀ちゃんに飲み込まれた瞬間だった。
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