亀が亀を含んで空気が淀む(3)
池に逃げ込んだカミツキガメはそれから目撃されていない。だから、今も池にいるというのが仕事を寄越した奇隠の考えらしいが、漠然と池にいると言われても池はかなり広い。
有間隊の三人が合流し、五人になった幸善達でも、その池を探し回るのは一苦労で、捜索を開始してから十分程度ではカミツキガメが見つかるはずもなかった。
それに時間がかかる理由が人数や広さ以外にもあった。その理由に目を向けて、幸善が呆れた顔をする。
「ほら、相亀君。この奥とか怪しいよ」
美藤が相亀にピッタリとくっつき、相亀の片手を掴んで、石の陰に手を運んでいる。
「いや!?何で、俺の手を使うんだよ!?」
赤面した相亀が盛大に狼狽えながら、美藤から離れようとする。
しかし、美藤はピッタリとくっついているので、多少相亀が動いたくらいでは離れない。
それどころか、相亀が逃げた先にいた浅河が同じように、ピッタリとくっついていた。美藤と同じように相亀の片手を持って、特に何も言わずに川の中に転がる石の陰に突っ込ませている。
「いや!?何してるんだよ!?」
「何って、危ないから。私、怪我したくないし」
「だからって俺の手を使うなよ!?」
池の水は冷たいとは行かないまでも、冷水であることに間違いはないのだが、相亀の体温は上がり続けているようで、顔の赤さは刻々と増していた。このまま行ったら、火山の噴火みたいに頭の天辺から、血液が盛大に噴き出すのではないかと、幸善はちょっと期待する。
「いいから、離れてくれ!?」
「いやいや、考えてみてよ。探しているのはカミツキガメだよ?本当にいたら危ないでしょ?」
「そうそう。怪我しちゃうよ。相亀君が守ってよ」
「応援は!?」
相亀が捻り出した妥当なツッコミに、幸善はうんうんとうなずく。
さっきから有間隊の三人はこういった感じで、真面に探す気配がなかった。揶揄われるだけ揶揄われた相亀は今にも噴火しそうで、幸善のワクワクは膨らんできているが、それ以上に不満も膨らんでいる。
この調子だと前が真面に見えない真夜中になっても、カミツキガメのカの字も見つけられないだろう。
そう思っていたら、美藤と浅河をつけた相亀の前に、皐月がいつもの無表情で立つ。
「フレー、フレー、相亀君」
「いや、そういう応援はいらないから!?」
触れたら噴火しそうな相亀が噴火する様子は見たい気もするが、これ以上人数を減らしても余計に時間がかかるだけだ。
助け舟を出したくはないが、出すしかないだろうと思い、カミツキガメの捜索を途中で止めて、幸善が相亀達の方に声をかけようとした。
だが、その前に浅河が少し気になる一言を言った。足下の石を蹴ってしまい、幸善がその石を退けようと目を落としかけた時のことだった。
「相亀君って語呂悪くない?」
「他に言い呼び方ほしいね」
「どうでも良くない!?」
確かにどうでも良いことだが、語呂が悪いのは確かだった。フレーの後は四文字くらいが心地好く、それ以上になると少し気持ち悪い。
ただそれなら、相亀と呼び捨てにしたらいいだけで、他に呼び方を考える必要はない――のだが、考えるというなら、どのようなものが出てくるのか少し気になる。
「何だろ…?普段は何て呼ばれてるの?」
そう言われた相亀が何かを思い出したのか、赤面したまま引き攣った表情をしている。そのまま、美藤や浅河から目を逸らし、とても小さな声で「別に…」と答えた。
「まあ、いいや。それなら、亀ちゃんとかにしようか?相亀君だし」
「ああ、いいね。亀ちゃんか」
「フレー、フレー、亀ちゃん」
「ああ、もう!?早く探せよ!?」
相亀が美藤と浅河を何とか振りほどき、よろよろとした足取りで幸善の方にやってくる。今にも噴火しそうなほどに顔は赤いが、残念なことに噴火はしなかったようだ。
幸善はそのガッカリ感を露骨に表情に出しながら、近づいてきた相亀に目を向ける。
「早く亀ちゃんを探せよ、亀ちゃん」
「お前まで、そんな呼び方するな!?」
恥ずかしさからか怒りからか分からないが、まだ赤面したままの相亀が、さっきまでのよろめいた動きからは想像できない速度で、幸善に蹴りを噛ましてくる。それを間一髪躱した幸善が突然の全力の蹴りに抗議しようとした。
その直後、幸善は足下の石に躓き、池の中に転んだ。盛大に水飛沫が上がる中で、相亀が驚いた顔をしている。
そう思ったら、すぐに笑い出した。
「今ので転ぶなよ。仙人だろ、お前」
「五月蝿い!?美藤さんと浅河さんに抱きつかれて喜んでたお前に言われたくない!?」
「喜んではねぇーよ!?」
「第一、今のは石に躓いただけで」
そう言って指差した場所に目を向け、幸善はそこに転がっている物が石ではないことに気がついた。幸善から遅れて目を向けた相亀も、同じ物に気がつく。
『あっ』
二人の口から同時に漏れた声を聞き、美藤達が興味を持ったのか近づいてくる。
五人が同じ場所に揃ったところで、ちょうどタイミング良く、幸善と相亀の見ていた物が水面に顔を出した。
それはカミツキガメだった。
『いた!?』
五人の声が綺麗に合わさる。
捜索開始から十五分が経過しようとしている頃だった。
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