亀が亀を含んで空気が淀む(2)

 幸善と相亀が池に到着してから約二十分。二人は待ちぼうけを食らっていた。


 Q支部を出る前。冲方は二人のために応援を頼んでおいたと言っていた。その時点で頼んでおいたとしたら、二人よりも先に池に来ているはずであり、二人が到着した段階でカミツキガメの捜索を始めていても不思議ではないはずだ。


 しかし、実際は二人が池に到着しても誰もおらず、それどころか、しばらく待っても姿を見せることがなかった。

 これが時間にルーズなだけならいいのだが、頼まれたことを忘れているとしたら問題だ。このまま二人は池の前で餓死する可能性がある。


「帰るか…」

「そうだな…」


 誰が来るか分からない以上、連絡する手段もない。覚えているかどうか分からない相手を待つこと以上に無駄なこともないので、ここは日を改めよう。それが二人の共通意見だった。


 幸善と相亀が置いていた荷物を手に持ち、池の前から立ち去ろうとする。

 二人を包む感情は怒りや悲しみではない。ただの無だ。何となく、時間を失った喪失感くらいしかない。


「冲方さんに頼んで、次はちゃんと来てもらおう」

「そうだな。誰か分からないけど」


 その時だった。ガヤガヤとした騒がしさが池の前に近づいてきた。二人が目を向けると、三人くらいの女子高生らしき少女達が歩いてくる。


 冲方から貰った紙には、池にカミツキガメが逃げ込んだことは近隣住民に伝えられていることが書かれていた。危険だと分かっている以上は誰も近づかないはずで、実際、池の周囲に人はいない。

 もしかしたら、その誰もいない様子を見て、この場所を溜まり場にしようと思ったのかもしれないが、そうだとしたら、ここは危険だと伝えないといけない。


 そう同じように思ったはずの相亀が分かりやすい視線を幸善に向けてきていた。


 いくら女性慣れしてなさすぎる相亀でも、普通に話すくらいはできるようになったはずだが、この前の有間ありま隊の三人に絡まれたことが尾を引いているのだろうか。

 そう思いながら、幸善が三人の女子高生に声をかけようとしたところで気づいた。


 それは正にそのだった。


「あれ?何してるの?」


 幸善と相亀に真っ先に気づいたらしく、美藤びとうしずくがそう聞いてくる。チョココーヒー味のパピコを口に咥えており、腕にはパピコも入っていたであろうコンビニのビニール袋をぶら下げている。


「いや、それはこっちの台詞だけど…」


 幸善が驚き半分、呆れ半分の口調で言っている隣で、相亀がさっと幸善の後ろに隠れる。その動きを見た浅河あさかわ仁海ひとみがさっと幸善の隣まで近づいてきて、後ろに隠れる相亀を覗き込んできた。手にはピノの空箱を持っている。


「何で隠れるの?」

「……別に」

「女優みたいな返しされた」

「つーか、三人は何してるの?」

「そっちこそ、どうして帰ろうとしてるの?」

「どうして帰ろうとって…帰ろうと?」


 美藤の言い方に違和感を覚えた幸善が首を傾げる。その動きに合わせて、パピコを咥えた美藤も首を傾げる。


「二人して何してるの?」


 呆れた顔の浅河に見られ、幸善と美藤は首を傾げたまま、揃って顔を向ける。その二人に見られ、浅河はより困惑した顔をしている。


 その助け舟を出したわけではないと思うが、その三人の間に皐月さつき凛子りんこが割って入ってきた。三人の目が集まる中で、幸善と美藤の間をピシッと指差す。


 その指よりも、スナック菓子で一杯になったビニール袋の方が幸善は気になったのだが、そちらは一度置いといて、皐月の指差す方に目を向けてみると、そこには池が広がっていた。


「池…?」


 そこで幸善は気づいた。三人に目を向けると、三人はようやく気づいたのかと言わんばかりに小さく笑っている。


「不法投棄?」

「違う!?」


 幸善の導き出した解答が想定外だったのか、美藤は驚き、浅河は笑い出し、皐月はパピコを食べ終えていた。


 どうやら、幸善の推理は外れていたらしいが、三人の様子を見たことで、違った答えが導き出される。


「そうか…美藤さんが食べていたパピコの半分は皐月さんが貰ったのか…」

「そこはどうでもいいよ!?」


 幸善の名推理に美藤は驚き、浅河は更に笑い、皐月はパピコを浅河の持つビニール袋に入れていた。

 ペットボトルが入っている美藤のビニール袋や、スナック菓子で一杯になっている皐月のビニール袋と違い、浅河のビニール袋は空みたいに見えると思っていたら、ゴミ袋代わりになっているらしい。


 そのことも言おうかと思ったところで、呆れた顔をした相亀の存在に気づいた。美藤と浅河からの好反応でいい気分になっていた幸善も、その表情に冷静さを取り戻す。


「まあ、冗談はここまでにして…もしかして、三人が応援?」

「そう。それが正解」

「私達は沙雪さゆきちゃんがまだ回復し切ってないから、かなり暇なんだよね。そうしたら、冲方さんが仕事をくれた感じ」

「ああ、そういうことなんだ」


 明らかにコンビニに寄ったことで遅れてきたところは気になったが、三人も手伝ってくれるのは非常にありがたかった。


 これで今からカミツキガメの捕獲に移れると思った幸善が相亀に目を向けると、そこには顔を真っ青にした相亀が立っている。


「ど、どうした…?ホラー映画で幽霊を目撃してしまった後くらいの顔の青さをしているぞ?」

「いや…寧ろ、幽霊の方が怖くない…」


 そう呟いた相亀の視線の先では、ゴミになったアイスが入っていた容器をビニール袋に入れる三人の姿があった。その様子に幸善は相亀が言っていることを理解する。

 そっと優しく、相亀の肩に手を置いてあげた。


「グッドラック」

「死地に赴く気分になるからやめてくれ」


 こうして、有間隊の三人を加えて、幸善達はカミツキガメの捜索を開始することになった。

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