秋刀魚は鋭く戦車を穿つ(14)
秋刀魚を手にしたことで秋奈が優勢に事を運びそうな予感があった。少なくとも、幸善や水月を追いつめた炎に対しては絶対的な効果を発揮していたはずだ。あのまま続いていたら、秋奈が戦車を追いつめていたかもしれない。
しかし、戦車の体色が変化した時から、状況は一瞬で戦車に傾いていた。どれだけ秋奈の刀が鋭くても、根本的に斬れないものは斬れない。当たり前のことだが、その当たり前のことが戦車の変化以降当てはまってしまった形に見えた。戦車はそのことが分かっていて、炎での攻撃を早々に諦めたのかもしれない。
そして、秋奈が戦車の手で宙に浮かぶ光景を見た瞬間、幸善はつい走り出していた。自分に何かができると思ったわけではない。ただ何もせずにいられるほど、幸善は大人しくなかった。何ができるか分からなくても、何かしないと秋奈は助からない。その思いから戦車に向かって手を伸ばそうとする。
その寸前、視界を赤い飛沫が覆った。幸善の脳裏を秋奈の姿が過り、幸善の中で最悪なイメージが膨らんでいく。
宙に浮かんだ秋奈の身体が戦車の拳で潰される。もしくは、貫かれる。もしくは、破かれる。もしくは、裂かれる。そのようなイメージの束が幸善の頭の中に定着する。
その直後、幸善はそのイメージが間違っていることに気づいた。近づき、すぐ目の前にいる戦車に目を向けたところで、赤い飛沫が秋奈から出ているのではないことを知った。
赤い飛沫を飛ばしているのは、戦車の方だった。戦車の全身から血液が垂れている。
秋奈がやったのかと思い、幸善は秋奈に目を向けてみるが、秋奈も幸善と同じくらいに驚いた顔をしている。どうやら、秋奈が何かをしたわけではないらしい。
では、誰が何をしたのだろうか。まさか、グラミーが何かしたのかと幸善が考えていると、戦車が自らの身体を睨みつけながら、忌々しそうな顔をしている。
「ここまでか…」
戦車がそう呟いた途端、薄灰色だった身体の色が元の色に戻り始めた。体色の変化に応じて、全身が少し肥大していたようだが、それも色が元に戻るに連れて、元の大きさに戻っていっている。
その変化を見せながら、戦車が幸善に目を向けてきた。それから、秋奈の様子を見て、小さく舌打ちをしている。
「耳持ち」
不意に戦車が幸善のことをそう呼んだ。戦車が幸善を見てきた直後、秋奈が刀を構えている。
「貴様の行動は常に監視している。お前の自由は存在しない。俺達がお前を捕らえるその時まで、そのことを忘れないことだ。後悔することになるぞ?」
それだけ告げると、戦車は幸善や秋奈から離れるように大きく跳躍していた。さっきまでの速度はないが、それでも十分に速い移動で、秋奈が追いかけるよりも先にその姿が見えなくなる。
その様子を眺めていた秋奈が刀を鞘に納めていた。
「逃げられちゃったみたいだね…」
「一体、何だったんですかね?俺のことを狙っているみたいだったけど、一体どうして…?」
「多分、この前の一件が関係していると思うよ。あれで幸善君は一体の
「もしそうなら、さっきのあの鬼みたいに強い奴だけじゃなく、他の人型も俺を狙ってくるかもしれないってことですか?」
「まあ、前回の報告内容的に元々その可能性はあったけど、今回のことで確信に変わった感じだね」
秋奈とそう話しながら、幸善はさっき知った秋奈のことを思い出した。
「そういえば、何で特級仙人だって話をしてくれなかったんですか?俺はてっきり、サボりまくってるやばい人だと思ってましたよ」
「ええ!?ミステリアスで綺麗なお姉さんって思ってくれてなかったの!?」
「逆に何でそう思ってくれるって思ったんですか…?そんな要素一ミリもなかったですよ?」
「一応、そういう演出にしてみたんだけどな…」
「演出って…それで、何で話してくれなかったんですか?」
「あー…まあ、その話は後でいい?取り敢えず、先に今回のことを支部長に報告しておくべきだと思うんだよね。何より、私が戦っちゃったから、ちゃんと言わないと怒られるかもしれないし…」
「特級仙人なのに、支部長に怒られるんですね…」
イメージが変わりそうで変わらない秋奈に幸善が呆れた顔を浮かべると、秋奈は困ったように苦笑している。
そう思っていたら、その表情もすぐに変わり、今度は少し真面目な顔をする。
「けど、ちょっと情けなかったね。最後の方は一方的にやられてたし…」
「別に情けなくはなかったと思いますよ。ただ相手が鬼のように強かっただけで…というよりも、
「怖くなっちゃった…?」
「いえ。寧ろ、頑張らないといけないって思いました」
拳を握り締め、真剣な表情で呟く幸善を見て、秋奈が軽く微笑んでいた。
「じゃあ、取り敢えず、支部長に報告しようか。相手の強さとか目的とか、私の負けっぷりとか」
「俺はちゃんと秋奈さんのカッコ良かった瞬間も見てるんで、その部分も報告しますよ」
そう言いながら、幸善と秋奈は揃って同じことを考えていた。
水月は大丈夫なのだろうか、と。
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