秋刀魚は鋭く戦車を穿つ(13)

 予備動作がほとんどなく、動き出すと思った時には目の前にいた。そのままの速度で戦車が拳を打ち抜こうとしている。その構えが目に映るや否や、秋奈は本能的に半歩下がり、上体を軽く逸らしていた。


 その動きが間一髪、秋奈の命を救った形になり、戦車の拳は秋奈にぶつかることなく、宙を切っていた。その瞬間、打ち出された空気が盛大な破裂音を立てる。

 その音には流石の秋奈も冷や汗を掻いていた。このまま、この距離で戦うのは不利すぎると判断し、戦車から距離を取ろうとする。


 しかし、後退しようとした秋奈の動きに、戦車は完璧についてきていた。開けようとした距離は一瞬で詰められ、空気を打ち出す速度の拳が迫ってくる。


 このままだと攻撃を受けるしかないが、あの速度であの威力の拳を真正面から受け止められるとは思えない。確実にできるかは分からないが、残された手段は相手の攻撃手段を奪うことだけだ。そう思った秋奈が刀を構え、戦車の腕に向けて振るっていた。


 そして、戦車の腕を大きく弾くことに成功した。ただ弾いただけで、本来の秋奈の目的だった腕を切り落とすということはできなかった。変色した皮膚は何かの鉱物かと思うほどの硬さに変化しており、その硬さに秋奈は驚いた。

 振るった刀とぶつかった腕の衝撃で、秋奈と戦車の距離が開く。そこで秋奈はつい思ったことをそのまま口に出していた。


「炎の妖術じゃないの…?」


 その疑問に同意するように幸善が離れた場所でうなずいている。秋奈も幸善も戦車の妖術はさっきから生み出している炎だと思っていたのだが、今の攻撃は明らかに炎が関係のないものだった。爆発的な速度は炎が関わる可能性もあるが、少なくとも、硬化した皮膚には関係しないはずだ。

 もしかしたら、戦車の力の本質は炎以外にあるのかと秋奈が考えていると、その秋奈の顔を真正面から見つめた戦車が不意に鼻で笑った。


「そんなことが関係あるのか?」


 戦車がそう呟いた直後、秋奈との間に開いていた距離が一瞬でなかったものにされる。気づいたら目の前にいた戦車を確認するなり、秋奈は慌てて腕を上げ、刀を構えようとする。

 その動きを眺めながら、戦車が拳を掲げていた。


「鬼火など、ただのおまけだ。俺の力の本質は…」


 そう叫びながら、戦車が拳を振り下ろす。


「この力だ!!」


 振り下ろされた拳が秋奈の上げた刀にぶつかり、秋奈の目の前を滑り落ちる形で地面にぶつかっていた。その瞬間、クッキーを殴りつけたように軽々と地面が粉砕する。土煙と一緒に飛散した石や土が、戦車から離れるように跳躍しようとしていた秋奈を襲う。


 せめて、その中で視界を奪われないために顔を庇いながら、戦車から離れた位置に秋奈が着地した瞬間、そこを狙っていたように戦車が更に距離を詰めてくる。


 そこで秋奈は再び刀を構えていた。ただし、そこにはさっきまでと違う要素がもちろんある。


 それが仙気の量だ。普段は仙気を射出することが主な攻撃手段であり、近接での戦闘をそこまで大きく考慮していない秋奈は、手癖とも言えるのだが仙気をまとわせる際に、斬撃の形で飛ばす量だけまとわせることが多かった。それは威力を保ちながらも、鋭い形状を保てる最大の量であり、その仙気を飛ばすという観点からすると正解なのだが、近接戦闘における気の量としては少なく、刀の強化は不十分だ。

 実際、戦車の硬化した皮膚が斬れなかったのは、それが大きな理由のはずだ。そう思い、秋奈は刀にまとわせる仙気を、普段は行わない近接戦闘向けの量に変えていた。


 そして、目の前で振りかざす戦車の拳に向けて、秋奈が刀を振るう。


 ガキン、と甲高い金属音を立て、秋奈の刀と戦車の拳が真正面からぶつかった。今まで以上に強化した秋奈の持つ刀の鋭さは増しており、それは硬化した戦車の皮膚も例外ではなく斬りつけている。そのことに痛みを感じたのか、少し顔を歪めた戦車を見て、秋奈は行けると思っていた。


 その瞬間、刀が拳の途中で停止した。そのことに秋奈が気づくより先に、拳周辺の肉が奇怪に動き、刀を固定するように圧迫してくる。

 その動きと、さっきの戦車の台詞を思い出し、秋奈は気づいた。


 これは皮膚が硬化しているのではなく、筋肉が刀を通さないほどに発達しているのだ、と。


 そして、今刀を止めたのが、その奥にある骨だと理解し、秋奈は表情を歪めていた。


 幸善の風が薫の匂いを完封したように、秋奈の刀は戦車の身体を斬りつけるのに十分ではなかった。その相性は最悪と言え、秋奈では戦車を相手することができない。


 そう思った直後、秋奈の身体が宙を舞っていた。拳で固定された刀が大きく振り上げられ、咄嗟に手を放せなかった秋奈はそのまま、空中に投げ出された形だった。

 秋奈の目の前で戦車が拳を構える。その光景を見ながら、秋奈は死を覚悟した。


 その次の瞬間、全身から血が溢れ出した。

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