秋刀魚は鋭く戦車を穿つ(15)

 戦車が現れてからの時間の長さに、水月を背負って幸善がQ支部内を走り回ったこともあってか、幸善と秋奈が報告に訪れた段階で、鬼山は戦車の出現を把握していた。その上で誰を割り当てるかを考えていたようだが、既に戦闘を行っている人物が秋奈であると判明し、様子見していたらしい。


「でも、秋奈さん。やられそうでしたよ?」


 戦車が現れてからの流れを報告し、その説明を受けた幸善がしかめっ面でそう言った。困ったように笑う秋奈を見て、鬼山は同じように困った顔を見せる。


「そのことについては申し訳ないと思っているが…事実として、秋奈さんの戦闘に介入できる仙人はQ支部にはいない。寧ろ、足手まといになる可能性しかない」

「そうだとしても、もう一人いたら、あそこまでの危機になることはなかったと思います」


 そう言ってから、幸善は悔しそうに歯を食い縛る。その言葉はそのまま自分に突き刺さっていた。自分がもう少し何かできたら、秋奈にあそこまでの危機はなかったはずだ。少なくとも、偶然がなければ命を落としていた事実は避けられた。

 そのことを思うと、幸善は自分の不甲斐なさを改めて悔やんでしまう。もっと成長しないといけない。その気持ちが強くなる。


「その言葉も尤もだ。このことについては明確な問題だと思っている。このまま、人型ヒトガタとの接触が増えるなら、今の人手不足は解消しないといけない。ここは本部に応援を頼もうと思う」


 鬼山に同意するように秋奈がうなずく。


「それが良いと思いますよ。あの人型の台詞的にようですから」

「そういえば、そんなことを言われました…」

「それはつまり、と?」

「そういう宣告でしょうね。あとは…」


 そう呟いてから秋奈は幸善を見てきた。そのまま何かを言おうと、口を開けた状態のまま動かなくなり、しばらく止まってから、急にニッコリと笑ってきた。その笑顔に幸善は怪訝な顔をするが、鬼山はその様子だけで察したのか、少し表情を曇らせている。


「考慮しましょう」

「何をですか?」

「幸善君には内緒」


 秋奈が唇に指を一本当てる仕草を見せ、幸善に笑いかけてきた。明らかに隠しごとをされていることは分かるが、秋奈に隠しごとをされるのはこれが初めてではない。そのことに苛立ったりはしない。


「ところで水月の容態は確認したか?」


 鬼山に言われ、幸善と秋奈は揃ってうなずいていた。鬼山に報告するためにQ支部に戻ってきた二人だが、あまりに気になりすぎたため、先に水月のところを訪れていた。


「万屋さんのところに運んでから、すぐに意識を失ったみたいなんですけど、命に別状はないみたいです。ただ動けるようになるまで最低でも一ヶ月はかかるみたいでした。完全に治るまでとなると、更にそれ以上とか…」

「一ヶ月以上動けないか…やはり、応援は頼むべきだな」


 幸善と秋奈が報告を終え、鬼山のいる中央室を立ち去ろうとする。


「最後に一つだけ確認を」


 その前に鬼山がそう呼び止めてきて、幸善は何気なく振り返っていたのだが、秋奈は何故か振り返ろうとしていなかった。


「秋奈さん?」

「えーと…何ですか…?」


 秋奈がゆっくりと振り返る。その表情は少しぎこちない。


「秋奈さんはどうして外に?それにその猫の妖怪…確か、グラミーでしたか?どうして連れているのですか?」


 鬼山の問いに秋奈は目に見えて冷や汗を掻き始めていた。ゆっくりと逃れるように鬼山から目を逸らしている。


「グ、グラミーちゃんの服を買おうと思って…」

「ああ、そうですか…服は買えましたか?」

「お陰様で…」

「そうですか。それは良かったです」


 軽く笑いながらそう言う鬼山を見て、秋奈がぎこちないながらも笑みを浮かべようとする。


 その表情を見た途端、鬼山の表情が豹変した。


「……と言うと思いますか?」


 静かな怒りの籠った低い声に、秋奈が薄らと涙を浮かべているように見えた。


「貴女は自分の立場がお分かりですか?どうして軽々しく外に行くのですか?序列持ちナンバーズである貴女がQ支部に居続けることでさえ、本来は大きな問題なのです。それが自由にしていると他国に知られた時にどうなるか、貴女は理解していないのですか?」

「ご、ごめんなさい…!?」


 鬼山に怒られ、泣きそうになりながら謝っている秋奈を見て、幸善は呆れを隠し切れなかった。その姿はとても特級仙人のものとは思えないが、特級仙人だからこそ怒られている内容に、秋奈は特級仙人だが秋奈であることに変わりはないのだな、と幸善は納得する。


 ただ一つだけ納得できていないことがあった。


 落ち込んだ様子でしょんぼりとしている秋奈と一緒に、中央室を後にした幸善がそのことを口に出す。


「じゃあ、報告も終わったんで、話してくれませんか?」

「何を…?」

「どうして、特級仙人のことを隠していたのか」

「ああ、そのことか…」


 秋奈が軽く浮かんでいた目尻の涙を拭う。


「それはね。弦次君と初めて逢った時なんだけど」

「弦次君…?」


 聞き慣れない名前に眉を顰めてから、幸善は思い出す。


(ああ、相亀か…)


「弦次君に自己紹介したんだよ。私の名前と特級仙人って、そうしたら…」


 秋奈はその時のことを思い出したのか、少しずつ回復しかけていた表情を再び落ち込んだものに変えていく。


「物凄く、怖がられたの」

「あー…」


 幸善は相亀の反応を思い出す。恐らく、その頃は今よりも女性慣れしておらず、そこに特級仙人という情報が飛び込んできて、どのように話したらいいのか分からなくなったのだろうと容易に想像できたが、秋奈はそのことを知らないのだろう。確かに怖がっているようにも見えるため、そのことを知らないのなら、そう思っても仕方ないと幸善は思った。


「だから、幸善君も怖がるんじゃないかと思って…」


 そう言って縮こまっている秋奈を見て、幸善は堪え切れずに笑い出していた。その笑いに秋奈が驚いた顔をする。


「ど、どうしたの?」

「何か、秋奈さんのことを知らないようで、意外と知っていたことを知りました」

「ど、どういうこと…?」

「秋奈さんはミステリアスとはかけ離れているって意味です」


 その言葉に頭を悩ませながらも、何となく馬鹿にされていると思ったのか、不愉快そうに頬を膨らませる秋奈を見て、幸善は酷く落ちついた気持ちになっていた。唐突に訪れた危機を回避できた安堵感に、この時になって幸善は気づいた。

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