秋刀魚は鋭く戦車を穿つ(10)

 水月を背負ったまま、トイレのドアを開き、エレベーターを経過しながらQ支部に駆け込んだ幸善は、その足で医務室に向かっていた。その間もグラミーが先を走ってくれたお陰で、廊下を歩いていた仙人はうまく道を開けてくれるようになり、幸善は最速で医務室に到着することができた。

 そこで驚いた顔の万屋と顔を合わせる。


「どうした!?何があった!?」

「外で人型ヒトガタに襲われて…」

「人型!?」

「取り敢えず、水月さんをお願いしていいですか?」

「ああ、ここに寝かせてくれ」


 万屋が慌てて簡易ベッドを整理している。幸善がその上に水月を乗せると、万屋はその様子に苦々しい顔をしていた。


「腕と肋骨が折れているな。どれだけか分からないが、内臓までやられているかもしれない…」

「大丈夫なんですか…?」

「危ないところだが、何とかしてみせる」


 そう言いながら、スマートフォンを取り出し、万屋はどこかに電話をかけ始めた。普段の振る舞いはアレだが、万屋の腕の方はある程度信頼している。水月の方は大丈夫と思うことにして、幸善は医務室を後にしようとする。戦車と向き合っている秋奈のことも気になるが、これ以上、グラミーが一緒にいたらどのような悪影響が出るか分からない。できるだけ、早く移動した方がいい。

 そう思った幸善とグラミーを見て、万屋が声をかけてきた。


「ちょっと待て。人型はどうなってるんだ?」

「そっちは秋奈さんが相手してくれています」

「ああ、そうか…なら、取り敢えずは大丈夫そうだな」


 少し焦った表情をしていた万屋だったが、幸善からそのことを聞いた途端、少しほっとしたような表情をしていた。その表情の変化を見て、幸善は改めて実感しながら、グラミーと一緒に医務室を出る。


「本当に秋奈さんはNo.2なんだな」

「まだ疑っていたのか?」


 先を走るグラミーが呆れた表情で言った。失礼なことだと分かっているが、幸善はうなずいてしまう。


 幸善が知っている秋奈と言えば、勝手に鼠を飼っていたり、猫の妖怪を異常に愛でていたり、威厳という言葉からかけ離れた人物だ。Q支部に入れずに困っていた幸善をQ支部に入れてくれて、医務室の場所を教えてくれたあの時だけは頼りになったが、その助けが特級仙人のものと思えるはずもない。


「一度も仕事しているところを見たことがなかったからな」


 幸善が思わずそう呟いた瞬間、グラミーが先を走りながら、鼻で笑ってきた。


「当たり前だ。秋奈が仕事をするということは今回みたいなことが起きるということだ」

「ああ、そうか。仕事をしないんじゃなくて、仕事がなかったのか、凄すぎて」


 特級仙人としての仕事がなくて、暇な時間を潰すために鼠をこっそり飼っていた。そう思ったら、秋奈のイメージとピッタリ合う気がして、幸善はとても納得できた。

 本当に特級仙人、序列持ちのNo.2なのかと幸善がそこでようやく信じたところで、グラミーが立ち止まる。


「ここだ」


 グラミーが一つの扉を足で示す。その見た目の雰囲気は他の部屋と変わらず、そこが特級仙人の部屋とは信じられないが、扉には秋奈莉絵の名前がある。


「意外と普通の部屋」

「まあ、特級仙人は本来、らしいからな」

「そういえば、自由に移動できるみたいなことを言ってたな…」

「それより刀だ」


 グラミーに言われて、幸善は秋奈の部屋の扉を開ける。てっきり鍵がかかっていると思っていたのだが、そんなことはなく、簡単に開けられたことにQ支部内でも最低限の防犯意識は持つべきだろうと思った直後、その思いが綺麗に消え去る。

 秋奈の部屋の中を見て、幸善はグラミーに目を向けていた。


「泥棒入った?」

「いや、いつも通りだ」

「本当に特級仙人?」

「さっきまでと違い、今は否定し切れないところがある」


 グラミーが顔を背けるのも無理はなかった。幸善が扉を開けた先に広がっていたのは、泥棒も裸足で逃げ出すほどに散乱したゴミの山だった。他にも脱いだ服や下着が山を形成しており、それらの傍らに猫用の餌や玩具が散乱している。


「何で仕事がないのに散らかってるの?」

「逆だ。時間があるから、こうなった」

「どういうこと?」

「制限がないと人は動かないということだ。明日できるなら、明日すればいい。その精神が永遠に続いている」

「ああ、もう、何か…やっぱり、秋奈さんなんだなって思った…」

「言葉もない」


 幸善がグラミーの案内を受け、樹海よりも足場の悪い秋奈の部屋に踏み込む。秋奈の言っていた刀が見つかるのかと不安だったが、無事に洗面台の隣でタオルをかけられているところを見つけることができた。


「ていうか、タオル掛け?」

「そうしていたら、なくさないかららしい」

「いや、それが心配なら片づけろよ」

「言葉もない」


 タオルを脇に置き、無事に秋奈の刀を手に持った幸善が秋奈のところに戻るため、グラミーと一緒に部屋を出ようとする。その寸前、手に持った刀を何気なく見た幸善は以前聞いた話を思い出し、つい笑ってしまっていた。


「どうした?」

「いや、秋奈さんって何か全体的に秋奈さんって感じだなって思って」

「どういう意味だ?」


 そう言われたので、幸善はその刀をグラミーに見せようとしたが、グラミーは猫で妖怪だったことを思い出し、適当に笑うだけにしておいた。


「まあ、あれだ。特級仙人ってことは、後でちゃんと支部長に確認するよ」

「まだ信じてないのか」


 グラミーは呆れたように呟いていたが、その気持ちも分かるところがあるのか、無理に言ってくることはなかった。

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