秋刀魚は鋭く戦車を穿つ(11)

 当初は拮抗していた秋奈と戦車だったが、時間が経つに連れて、状況は偏り始めていた。戦車の小さな炎に襲われ、それを斬撃状の仙気の射出で対処していた秋奈だったが、そこに加わった戦車の直接的な攻撃に対応し切れていなかった。


 その原因となっているのが、戦車の想像以上の膂力だ。幸善が体感した際に手加減をしている攻撃のはずが、薫の本気の一撃よりも重いと感じたように、戦車の膂力は秋奈の知っている人型ヒトガタや並の仙人を凌駕しているものだった。


 元々、単純な肉体の強化という部分においては序列持ちナンバーズのNo.2である秋奈よりも、No.3やNo.4の方が上であり、秋奈は苦手としている部分だ。それは秋奈が元々持っている身体能力から来る限界が理由の一つだが、それ以上に秋奈はその部分の追及よりも、武器に気をまとわせることを始めとする細かな仙気の操作の方に力を割いてきた。その技術の高さが秋奈の評価の高さの理由であり、秋奈の最大の武器だ。

 その武器が生きないような戦い方を戦車に強いられていることが苦戦の理由の一つだが、それだけではなかった。


 もう一つの理由として、秋奈の最大の武器である仙気の操作技術の高さが生かせていないところがあった。


 その要因となっているのが使用している刀だ。現在、秋奈は水月の持っていた刀を所持しており、それは本来の秋奈の刀とは少し勝手が違っている。ボールペンや包丁、自動車、箸にメリケンサック等々、日常的に使う他の物を思い浮かべると分かることだが、それは同じに見える物でも細かに違っている。刀の場合は総重量や重心、刃や柄の長さなど、微妙に要素が異なっており、その微妙な違いが仙気をまとわせるために意識する際、大きなズレを生じさせていた。特に水月の持っている刀は小刀であり、その違いは大きい。

 それによって、秋奈は本来の力の七割乃至は六割程度の力しか使うことができず、状況の打破が可能な場面でも、そのチャンスを生かすことができていなかった。


 他の人型なら十分な戦いができたと思うが、異常な膂力を持つ戦車が相手では時間稼ぎ程度が限界かと秋奈は思い始める。もう少しで殺されそうだった水月を助けられたことは良かったが、捕縛は難しくても殺害することで戦力を削ぐくらいはしたかった。そう思っても、戦車の常識が通じない膂力の前では、実現は難しい。


「逃げてばかりか!?」


 戦車が更に速度を増していた。これまで全て対応できていた炎も秋奈を掠めるようになり、その異常な膂力から放たれる一撃は秋奈を僅かに捉え始める。

 時間稼ぎもここまでかもしれない。秋奈がそう諦めかけた時、ようやくその人物が戻ってきた。


「秋奈さん!?」


 その声に顔を向けた方から、縦回転する刀が飛んでくる。その向こうにはその刀を投げたままの体勢で止まっている幸善と、その隣でちょこんと座るグラミーの姿が見える。


「ありがとう!!」


 そう言って秋奈が刀に手を伸ばした瞬間、回転する刀が秋奈の頭にぶつかった。鞘があるから良かったが、なかったら身体が真っ二つになっていた軌道だ。その痛みに秋奈が悶絶していると、遠くの方から幸善の声が聞こえてくる。


「本当に特級仙人?」


 その呆れた声に返答しているのか、グラミーが鳴いている。その会話の内容は分からなかったが、呆れられていることは分かり、流石の秋奈も赤面していた。


 ただようやく刀が届けられたことにはホッとしていた。これで少しは抵抗できると思った直後、戦車が秋奈の隣に回り込んでいる。


「何をぼうっとしている?」


 そう聞いてきた戦車に向かって、秋奈はこれまでと同じように刀を振るっていた。ただし、さっきまでと違い、届けられたばかりの刀で。


 その瞬間、空気が破裂するような音を立て、突風にも似た鋭い風を起こしていた。戦車はその風を感じ取った瞬間に、上体を逸らせることでその風から逃れている。それまでは一切見せていなかった行動だが、それは本能からの防御行動だったのだろう。


 事実、その行動の正しさを示すように、戦車の背後に生えていた樹木は包丁で野菜を切ったように綺麗な輪切りになっていた。


「ようやく本調子」

「なるほど。加減をしていたのか」


 戦車が不敵に呟く中で、遠くの方から幸善の感心した声が聞こえてくる。


「本当に特級仙人なのか…」


 その声に満足しながら、秋奈は切っ先を戦車に向けていた。地面にはその刃を覆っていた鞘が転がっている。そこには『』の文字が刻まれていた。

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