秋刀魚は鋭く戦車を穿つ(9)
現在、奇隠は妖怪を広く管理し、人間との関係性を維持する組織になっているが、その本来の設立理由は
その二番目に位置しているということは、三頭仙を除く全仙人の中で二番目に強いという意味であると同時に、人型に対抗できる戦力として奇隠に認められているということだ。
そのことを頭で何となく理解している幸善だったが、どうしても秋奈がその二番目であるという部分をうまく飲み込めずにいた。
「おい、ぼうっとするな」
不意にグラミーに怒られ、幸善がハッとする。幸善に秋奈の正体を教えてくれた水月は、今にも意識が途絶えそうであり、その意識がここで途絶える危なさが分からない幸善ではない。
「秋奈のことは聞いただろう?あいつなら大丈夫だ。少なくとも、その子よりは確実に」
グラミーの言っていることは確かだった。幸善がうまく信じられなくても、水月やグラミーが言っている以上、秋奈が序列持ちであることは事実だろう。その事実が変わらない以上、現実的に死にかけている水月よりも危険なはずがない。
「幸善君!!」
秋奈の声に目を向けると、戦車と向き合ったままの秋奈が幸善を睨みつけていることに気づいた。その視線は戦車に向けられているものより優しいが、十分な厳しさを宿していて、幸善はその視線に背中を叩かれた気持ちになる。
気がついたら、幸善は水月を背負って、立ち上がっていた。
「グラミー。案内を頼む」
「分かった」
グラミーがQ支部の入口がある方向に走り出す。水月を背負った幸善がその後ろを追いかけていく。
そのことに戦車も気がついたらしく、一瞥もしないまま生み出した炎を幸善に飛ばしていた。そのことに幸善が気づくよりも先に、その炎が空中で爆ぜる。
「そうか。そういうことか」
その音を聞きながら、秋奈に目を向けていた戦車が納得したように呟いていた。その目の前では秋奈が空中を斬ったように刀を振っている。
「斬撃を飛ばしているのか」
「大体正解」
秋奈が褒めるように軽く手を叩く。そのことに戦車は不服そうにしている。
斬撃を飛ばす。それは結果を表すに適した言葉かもしれないが、実際に起きていることの説明としては不十分だった。
そもそも、秋奈が飛ばしているのは斬撃ではない。仙気だ。多くの仙人が行っている仙気の放出と理論的には同じことを秋奈はしている。
ただそれだけではなかった。仙技としては仙気を放出するだけで完成しているのだが、秋奈はそれに違う仙技を掛け合わせることで別のものに昇華していた。
そのために必要となる仙技が幸善や相亀にはできなかった武器に気をまとわせるというものだ。これによって刀に仙気を移動させ、その仙気を刀を振ると同時に放出するのだが、その際に仙気の形状を維持することで、刀の形状のまま仙気が飛んでいくようになる。
これによって飛ばされた仙気は対象物を切断できるようになる。これが秋奈の行っていることの正体だった。
しかし、秋奈からすると戦車がそのことを言い当てたのは不思議だった。
「けど、どうして分かったのかな?ただ仙気を飛ばしても、同じことは起きるはずなのに」
「俺の鬼火が全て爆発したからだ。それ以上の説明はいらないはずだ」
「ふ~ん…良く分からないけど、分かったからいいよ」
秋奈は不思議そうな顔のまま、そう答えていた。実際、秋奈は何となく理解していた。要するにさっきの炎はぶつかっても爆発しないが、斬ったら爆発するようになっていたとか、そういうことだろう。変化を持たせていたようには見えなかったが、見えない変化を持たせることは卓越した妖術なら可能なはずだ。そこを不思議がることはない。
「けど、意外だったよ。てっきり、幸善君達を追いかけるかと思った」
「手練れと判断した。背を向けることはできない」
「へぇー…」
戦車の発言に秋奈は微笑んでいた。戦車の言っている通り、背を向けた瞬間に背中を斬るつもりだったが、その殺気が漏れていたのだろうかと秋奈は考える。もしそうなら、最近のゆったりした時間が自分を鈍らせたのかと反省しなければならない。もちろん、それで生活を変えるつもりは微塵もないが、反省くらいはする。
「さて、それでその炎を封じられた貴方はどうするのかな?」
興味本位で秋奈が聞いた瞬間、戦車は自らを囲うように小さな炎をいくつも生み出していた。
「手段がなくなったと何故思った?」
「ああ、そうだよねー…」
秋奈が苦笑しながら刀を構えた直後、小さな炎を薙ぎ払うように戦車が片手を動かしていた。
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