秋刀魚は鋭く戦車を穿つ(8)

 戦車が睨みつける先で、刀を構えた秋奈が怒りを露わにしていた。口角こそ上がっており、全体的な表情は笑みのようにも見えるが、その目は一切笑っていない。何度か逢った幸善の知らない表情に、幸善が唖然としていると、隣まで来ていたグラミーが幸善の身体を鼻でつついてくる。


「グ、グラミー…?」

「動けるのか?」

「あ、ああ、動くくらいは…」

「なら、移動するぞ。私についてこい」


 走り出したグラミーの後を追いかけるために幸善は立ち上がっていた。グラミーの向かう先には苦しそうにしている水月が倒れている。


「秋奈さん……?」


 呟く水月の視線の先では秋奈と戦車が睨み合っていた。幸善が動き出しても、戦車の視線は幸善に向かない。


「誰だか知らないが、邪魔をするなら消すぞ」


 戦車の掌の上に炎が生み出される。一切表情を変えない秋奈がその様子をただ眺めている。


「秋奈さんを助けた方がいいんじゃないか…?」


 その雰囲気に幸善は呟いたが、グラミーに聞こえなかったのか、聞こえたが取り合わなかったのか、返答は一切なかった。そのまま、幸善とグラミーは水月の傍に辿りつく。

 そこで戦車が幸善の移動に気づいたようだった。秋奈から幸善達に視線を移し、生み出したばかりの炎を幸善達に向かって打ち出してくる。そのために構える戦車を確認した段階で、幸善は咄嗟に水月とグラミーを庇うように身体で覆っていた。


 しかし、炎が幸善に着弾することはなかった。その前に空中で炎は爆発し、威力を失った爆風だけが幸善の背中を撫でていく。


 幸善は未だに何が起きているのか分からなかったが、戦車は理解したようで、秋奈を睨みつけている。睨みつけられた秋奈は表情を一切変えないが、ただは変わっていた。

 さっきまでと違い、今の秋奈はを取っている。


?」


 戦車の問いの意味が幸善には分からなかったが、秋奈は軽快な口調で答えている。


「まあ、そんなところかな?」


 どういうことかと思っていると、戦車が再び炎を生み出していた。今の一発と違い、今度は秋奈に目を向けている。


 そのまま、戦車は幸善の目で捉えられない速度で炎を打ち出していた。拳を構える瞬間までは分かったが、そこから炎を殴り飛ばした瞬間は見えていなかった。ただ殴った体勢の戦車から炎を殴ったという結果が分かるだけだ。

 打ち出された炎は秋奈に向かって飛んでいく。その速度も戦車の殴りと同じくらいに速く、移動している瞬間を目で捉えることはできなかった。


 だから、どうして炎がのか、幸善には分からなかった。


 そこには何もぶつかる物がなかったはずだと思う一方で、秋奈が刀を振るっている姿が気になる。


「何が…!?」

「幸善君!!」


 幸善がその光景に呆然としていると、秋奈の叫び声が耳を貫いた。その声が幸善の意識を引っ張り、呆然としていた幸善を我に返らせてくれる。


「悠花ちゃんを早く安全なところに!!」

「え…?でも、秋奈さんが…」

「私は大丈夫だから!!それよりも、悠花ちゃんを連れていくついでに、私の部屋からを取ってきてほしいの!!グラミーちゃんが場所を教えてくれると思うから!!」


 幸善がグラミーに目を向けると、グラミーは黙ってうなずいている。それでも、人型ヒトガタである戦車を目の前にして、秋奈を一人で置いていくことに躊躇いがあった。体感した人型の実力は幸善達が相手できるものではなく、冲方であっても相手できるのか分からないレベルだ。

 少なくとも、。その思いから、どうしても秋奈を置いていくことができなかった。


 そこで水月が服を引っ張ってきた。折れていない方の手を苦しそうにしながらも伸ばし、何とか幸善の服を引っ張っている。


「水月さん…?」

「私のことは…いいから……秋奈さんを…助けてあげて……」

「……うん」


 この状態の水月がそこまで言うなら、秋奈を助けないわけにはいかない。そう思った幸善は秋奈の援護に行こうとする。


 しかし、行こうとした幸善を止めるように水月が服を引っ張り続けていた。


「そうじゃ…ないの……」

「え?」

「秋奈さんを助けるために…秋奈さんが言ってた刀を…取ってきてあげて……」

「刀を?けど、そうしたら、今秋奈さんが一人に…」

「ダメ…私とか…頼堂君が入ったら…秋奈さんの邪魔になるから……」

「邪魔に?」


 幸善は水月が何を言いたいのか分からなかったが、水月も幸善がどうして分からないのか分かっていないようだった。その様子を見たグラミーが幸善に声をかける。


「取り敢えず、その子をそのままにするべきじゃない。移動させるべきだ」

「た、確かにそうだけど…」

「それと私の言葉をその子に伝えてくれ」

「何を?」

「お前は秋奈莉絵の

「え?」


 グラミーの言ったことは確かに事実だったが、その言葉に何の意味があるのか幸善には分からなかった。ただ衰弱する水月を前にして、関係のないことをグラミーが言ったとは思いたくなかったので、幸善は言われたまま水月に伝える。


「グラミーが俺は秋奈さんの名前しか聞かされていないって」


 その一言に水月は納得したように微かに笑っていた。


「ああ…そうなんだね…きっとだ……」

「はあ?何で、ここで相亀が…」

「相亀君が初めて聞いた時に…怖がっちゃったんだよ……それを気にしているんだよ…多分……」

「何を?」


「秋奈さんはね…なんだよ……」

「特級仙人…?」


 幸善はその名前を最初は思い出せず、何が言いたいのか分からなかった。ただ説明を受けた記憶が蘇ってくると、だんだんと驚きが表情を支配していく。


「特級仙人…序列持ちナンバーズNo.2…それが秋奈さんの肩書きなんだよ……」


 水月の言葉に幸善が驚きのまま、秋奈に目を向ける。戦車と向き合った秋奈の表情はいつもと違うが、その表情に今までの秋奈の表情が重なり、幸善は言葉を失っていた。


 序列持ちNo.2。三頭仙さんとうせんを除く奇隠の仙人の中で仙人。その事実はすぐには信じられないものだった。

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