秋刀魚は鋭く戦車を穿つ(3)
仙人を続けるか、仙人を辞めるか。
そのために演習場に行く前に、中央室の方に一度顔を出さないといけないと思いながら、幸善がQ支部の入口であるトイレを開けようとする。
その前に扉がひとりでに開き、その向こう側から
「あ、幸善君。こんにちは」
「こんにちは。外出ですか?」
「うん。グラミーの服を買いに行こうと思って」
笑顔の秋奈がグラミーの両手を持って、幸善の前で手招きさせている。そのされるがままになっているグラミーを見て、幸善は思わず笑ってしまう。
「何がおかしい?」
「いや、何でも…」
中年男性のような低い声を響かせ、グラミーが幸善を睨みつけてくる。その視線から顔を逸らしながら、笑いを堪えていると、秋奈が自分の顔をじっと見ていることに気づいた。
「何かついてますか?」
「ううん」
「じゃあ、何か…」
「幸善君って仙人辞めるの?」
「え?何ですか、急に?」
「だって、人型と戦ったんだよね?」
その言葉を聞いて、幸善は秋奈が聞いたことを察する。その上で幸善の答えを探ろうとしていることも理解する。
「辞めませんよ」
「ふ~ん…そうなんだ…」
そう言いながら、秋奈はニンマリと笑っていた。その笑顔に幸善は照れ臭くなり、頭を掻く。
「まあ、そういうことなんで、これからもよろし…」
そこまで言いかけて、幸善は今まで秋奈と逢った時の様子を思い出す。
「あれ?そもそも、秋奈さんって仕事してますか?」
「え…?」
「何か仕事してるところを見たことがないんですけど」
「それは…もちろん…」
「じゃあ、秋奈さんってどんな仕事をしてるんですか?」
「それは……えへへ」
言葉を濁らせ、笑い始めた秋奈に、幸善は冷ややかな視線を送る。明らかに笑って誤魔化したと分かったが、それを追求する立場に幸善があるわけでもない。
「まあ、いいですけど、支部長とかに怒られますよ」
「えーと…だから…これで、ね?」
秋奈が口に指を一本当てている。その仕草に苦笑しながら、うなずき、幸善は秋奈とすれ違って、Q支部に入ろうとする。
そこでふと疑問に思うことがあった。
秋奈とはこれまでに何度か逢っているが、仕事をしているところを見たことがない上に、他の誰かと一緒にいるところを見た記憶がない。グラミーとは一緒にいるが、他の仙人から話を聞いたこともない。
秋奈は本当にQ支部の仙人なのだろうか。その疑問が湧いてきた瞬間、幸善は嫌な予感がして振り返っていた。
「秋奈さ…!?」
しかし、そこに秋奈の姿はなかった。いつものように忽然と消えていて、そのことにも幸善は違和感を覚える。
まさか、とは思うのだが、可能性として気づいてしまうと、幸善は気になって仕方がない。他の仙人は気にならないのだろうかと思うと、一度誰かに聞いてみたくなる。
Q支部に入り、中央室に向かい、そこにいた鬼山に仙人を続ける意思を伝えている最中も、幸善はそのことを考えてしまっていた。
幸善から仙人を続ける意思を聞かされた鬼山は、比較的あっさりと受け入れていた。その様子に幸善はつい聞いてしまう。
「辞めないって分かってたんですか?」
「まあな。行方不明の友達を見つけて追いかける奴が辞めるわけないだろう?」
「何ですか、その理論」
鬼山の理屈は分からないながらも、取り敢えず、仙人を続ける意思を伝えたことで、これまでと変わらずに奇隠で仙人として活動することに決まったが、それなら解決しておきたい疑問がある。
「あと一つだけいいですか?」
「どうした?」
「人型ってQ支部の仙人にいる可能性はないんですか?」
「それはない」
「そんな言い切れるものなんですか?」
「ああ。人型はQ支部に入れないんだよ」
「え?どうして?」
「お前は今日、Q支部にどうやって入ってきた?」
「どうやってって…」
秋奈と出逢ったトイレを開け、普通に入ってきたが、その中で変わったことはなかったはずだ。強いて言うなら、エレベーターの部分の仕組みが毎回変わっていると思うが、あの部分に仕掛けがあるのだろうか、と考えていると、鬼山が聞いてくる。
「最初に扉を開けるだろう?」
「トイレの?」
「そう。その時にコツがいるだろう?」
「ああ、はい。仙気をちょっと動かす必要があるんですよね」
「その部分が人型にはできないんだ。人型は妖怪だから、妖気は持っていても仙気は持っていない。だから、あの扉は絶対に開けられない」
「ああ、そういうことか」
不意に幸善は秋奈と最初に逢った時のことを思い出す。トイレを開けられずに困っている幸善を助けてくれたのが秋奈だったので、秋奈は少なくとも仙気を持っているということだ。人型ではないらしい。
「しかし、どうしてそう思ったんだ?」
「それは…」
秋奈のことを言いそうになり、幸善は咄嗟に口籠った。秋奈との約束を破りそうになったと焦りながら、さっきの秋奈と同じように幸善は笑顔で誤魔化そうとする。
「どうした?」
「いや、何でもないんです。失礼しますね」
そう言って、慌てて中央室を飛び出し、演習場に向かい始める。
その道中、幸善は思うことが一つあった。
(なら、ただのサボりじゃないか)
そう思ったら、秋奈に対して呆れの感情しか湧いてこなかった。
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