秋刀魚は鋭く戦車を穿つ(4)

 幸善が演習場を訪れると、珍しく真剣な表情をした冲方が待っていた。その表情に幸善が驚いていると、幸善が来たことに気づいたらしい冲方が表情を崩している。


「待っていたよ」

「どうしたんですか?何かありました?」

「いや、君の特訓のことを考えていたんだよ」

「特訓のこと?」


 幸善の特訓は亀の歩みとも言えるほどの遅さだったが、確実に進んではいた。相亀から教わったことで肉体の強化も、一部分に集中することで行えるようになっている。このまま、その精度と範囲を広げていけば、仙技の完全な会得も見えてくるはずだ。

 それなのに、今更考え込む必要があるのだろうかと幸善は疑問に思った。その疑問を見透かしたように冲方が口を開く。


「君の仙技の特訓は進んでいるのは進んでいるんだよ」

「そうですね。身体を強化することも、一部分ならできるようになりました」

「けど、今のままだと必要とするレベルには至っていないんだよ。それも結構な差で」

「必要とするレベル?」

人型ヒトガタと戦う――とは行かないまでも、せめて自衛レベルの仙技は身につけておいた方がいいでしょう?けど、今の君では不十分としか言いようがない」


 冲方の指摘に幸善は自分が平和ボケしていたことに気がついた。仙人を続けるかどうかの疑問ばかりに頭がいき、最も考えるべきだった人型と接触した事実のことを幸善は忘れていた。そのことに恥ずかしさを覚える幸善を置いて、冲方の説明は続いている。


「君が接触した人型の生死は未だに不明だ。生きている可能性がある以上、再び君を襲ってくる可能性は十分にある。その際に、今のままでまた真面に戦えるとは限らない。最も重要な要素である風の発生理由が分かっていないからね」

「風は戦闘時になったら起こせるかもしれないって」

「あくまで可能性だよ。それ以外の要素で、せめて自分を守れるくらいの力はないと、君の全ては人型次第になってしまうからね」


 幸善は薫の言葉を思い出す。幸善が人型にとって殺せない存在だとしたら、幸善を相手にした時に取る行動は捕縛が圧倒的に高くなる。幸善の自由を奪い、人型側に置いておけば、幸善のことを自由に調べられる上に、不必要と判断した時に始末しやすくなるからだ。

 その時に抵抗する力が今の幸善にはない。そのことを考え、冲方はあれほど真剣な表情をしていたのかと幸善は察する。


「なら、一刻も早く仙技を完璧に会得するべきですよね」

「だから、取り敢えず、今日は水月さんに教えてもらうことにしたよ」

「水月さんに?」


 幸善が水月に目を向けたことに、気がついた水月が笑顔で手を振ってくれる。そのことが嬉しくて、幸善も笑顔で手を振り返していると、水月の手に刀が二本握られていることに気がつく。


「あれって…?」

「今日はあれを使うから」


 そう言ってから、冲方が演習場にいた他の三人を集め出し、いつものように幸善の仙技の特訓が始まった。


 だが、いつも違うところがあった。それは開始早々幸善に手渡された刀の存在だ。水月がいつも持っている刀とは違うようで、水月の手にはいつもの刀が握られている。


「これは何?」

「今日は頼堂君に、その刀に気をまとわせ、肉体と同じように強化させる方法を学んでもらうから」

「あ、何か、聞いたことがある」


 幸善は虎の一件のことを思い出した。あの時、幸善は佐崎ささき啓吾けいごの刀で怪我を負ったのだが、その時に万屋よろずや時宗ときむねから、『仮にその刀が仙気をまとっていたら、お前の左腕は吹き飛んでいた』という可能性を聞き、絶句した覚えがある。


「そうか。あれをやるのか」


 そう呟いた幸善の隣に、さっと相亀が近づいてきた。急に近づいてきたと思っていると、そっと幸善に耳打ちをしてくる。


「あれ、死ぬほど難しいから」

「え?マジで?」


 その会話が聞こえたのか、水月が二人の間に割って入ってくる。


「ちなみにこれ、相亀君ができなかった奴だよ」

「その情報いらないだろうが!?」


 急に水月が近づいてきたからか、相亀は顔を真っ赤にしながらたじろいでいる。そういえば、昨日あれだけ逃げておいて、今日は来られたのかと幸善は思ってから、相亀の心理に気づく。


 多分、逃げ出したから、ここで仕事がないとしても、顔を出しておかないと気恥ずかしさが増すと思ったのだろう。

 だから、いつもなら幸善に積極的に話しかけてこないのに、今日はいきなり話しかけてきたのだろう。


 そう思ったら、幸善は途端に相亀が子供のように可愛らしく思えてきて、つい温かい目で見守ってしまっていた。


「何だよ、その目は!?」

「別に。気にするなよ」


 そう言いながら、憤慨する相亀を一度置いて、幸善は水月に目を向ける。その際に受け取った刀を水月に見せるように持っている。


「それで、この刀でどうしたらいいの?」

「方法としては肉体の強化に近いかな?ただ刀を身体の一部と思い、そこまで仙気を移動させないといけないからね。少し大変かもしれないけど」

「肉体の強化に近いなら、何で相亀にできなかったんだ?」

「いやだって、全然違うから」

「ええ?そんなことないと思うよ?」


 噛み合わない水月と相亀に不穏な空気を感じながら、水月の詳細な説明の元、幸善の特訓は始まったのだが、開始早々、幸善は相亀の言葉の正しさに気づいていた。

 肉体の強化に近い。その水月の説明は的外れにも程があるものだった。

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