秋刀魚は鋭く戦車を穿つ(1)

 左手から風を起こしたことを冲方うぶかたれんに話すと、それは仙術の可能性があると言われた頼堂らいどう幸善ゆきよしだったが、再び風を起こしてみようとしても風が起こることはなく、相亀あいがめ弦次げんじに嘘つき呼ばわりされてしまっていた。

 そのことに怒ったから、というわけではないと思うが、その後、幸善は場所を移動し、かおると接触した公園にやってきていた。冲方隊の他の四人である冲方、水月みなづき悠花ゆうか、相亀、牛梁うしばりあかねも一緒に公園で遊ぶ子供達を眺めている。


 とはいえ、もちろん、公園で遊ぶ子供達を眺めるために公園まで来たわけではない。牛梁の顔があまりに怖いためか、今にも通報されそうな雰囲気になっているのに、そのようなリスクを冒してまで子供達を眺める理由は、そういう嗜好ではない限りはない。

 そして、幸善達にそういう趣味はない。


 では、どうして公園にやってきたのかというと、きっかけは冲方の提案だった。


「その風が人型ヒトガタとの戦闘中に起きたのなら、その状況を再現することで、もう一度風が起こせるかもしれないね」


 それは全く根拠のない発言だったと思うが、可能性自体はあることであり、一度試してみることに決まったのだ。


 何より、風が自由に起こせないと分かった以上、風が起こせる条件というものは把握しておきたかった。仙技を覚えようとしている理由にも関わってくるが、日常生活の中で不意に風を起こしてしまったら、それはかなりの大事になる。

 左手で握手をしようとした瞬間、相手を風で吹き飛ばした、みたいなことになったら、幸善は瞬く間に信用を失ってしまう。場合によっては犯罪者の仲間入りだ。

 条件の把握のために、この検証はしておきたいと幸善も思っていた。


 しかし、いざ公園に来てみると、先ほども言った通り、子供達が遊んでいた。その前で幸善達が戦闘の検証を行っていたら、高校生や大学生、果ては成人男性が遊んでいると思われ、子供達に変な影響を与えかねない。況してや風が起こせた日には、幸善は何らかの晒し者にされる可能性が大だ。

 それを避けるために人が少なくなるまで、幸善達は公園で待機することにしたのだ。先ほども言ったが、牛梁の顔が原因で通報されそうになっている以外の問題は特にないので、幸善達は子供達をただひたすらに待つ。


 その間、幸善は未だに答えの出ていないことをどうするかと考え込んでいた。

 このまま奇隠に残って仙人を続けるのか、奇隠を辞めて一般人に戻るのか。それは簡単には決められない。


 ふと水月や相亀を見る。二人も人型のことを知っている雰囲気だったが、それなら、二人はその決断を出したのだろうか。それはどのように決めたのだろうか。

 そう思い、二人に聞こうとしたところで、夕方のチャイムが鳴り始め、子供達が帰り始めた。小学生よりも小さな子を連れて遊びに来ていた親達も、同じように帰り始めている。


「じゃあ、始めようか」


 冲方がそう言って立ち上がり、幸善は聞こうと思っていたことを一度、飲み込むことにした。


「取り敢えず、頼堂君は頼堂君をするとして、相手の人型は相亀君にお願いしようかな」

「え?何で、俺ですか?」

「身体能力を強化する系統は得意だよね?それなら、何かあっても大丈夫だと思って」

「つまり、風で吹き飛ばされても怪我しない奴ってことですか…それなら、牛梁さんだって…」

「いやいや。牛梁君はもちろん、怪我の手当てをしてもらう必要があるでしょう?そうなると、肉体強化は私や水月さんよりも相亀君の方が得意なんだから、相亀君しかいないよ」


 相亀はかなり嫌そうな顔をしていたが、冲方の理由に正当性を感じたのか、最終的には受け入れていた。こういう時にうまく丸め込まれるのが、相亀の数少ない良いところだと幸善は思う。


「じゃあ、まずはえーと…人型にボコボコにされたって言ってたよね?」

「え…?」

「あ…」


 冲方の一言に固まる幸善と違い、相亀はニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら、幸善に目を向けていた。


「失礼します!!」


 そう言いながら、相亀が全力で振るってきた拳を幸善は反射的に躱していた。


「おい!?躱すなよ!?」

「じゃねぇーよ!?急に殴る奴があるか!?」

「そういう展開だろ?」

「俺は認めない!!」


 睨み合い始めた幸善と相亀を見て、冲方や水月が苦笑している。


「頼堂君は人型の攻撃から身を守ろうとした時に風を起こしたんだよね?」

「ん?そうだけど…?」

「なら、相亀君からの攻撃を耐えていたら、どこかで風を起こせるかもしれないよ?」

「怒りで?」

「まあ…怒りでもいい…のかな?」


 水月が困ったように冲方に目を向ける。冲方も困ったような顔をしているが、渋々と言った感じでうなずいていた。


「なら…仕方ないのか…?」


 納得できていないが、そう決まったのなら飲み込むしかないと、幸善は諦めることにする。その様子を見た相亀が笑い、嬉しそうに拳を握っている。


 そこから、幸善にとって屈辱的な、相亀に一方的に殴られる時間が始まってしまったのだった。

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