節制する心に迷いが吹き込む(15)

 激動の金曜日が終わり、幸善は翌日、翌々日と貴重な週末を休息に費やすことになった。原理は不明のままだが、風を起こしたことによる体力消耗に加え、虎との戦いで負った傷の影響、人型ヒトガタとの戦いで負った新たな傷もあり、安静にするように奇隠に言われたからだ。

 幸善としても人型との接触もあり、奇隠に仙人として残るかどうかを考える時間が欲しかったので、愛香が無事であるのなら、休むことを拒否する理由はなかった。

 薫の使っていた妖術や薫が消えたことなどの重要なことを簡潔に報告し、残りは週明けに報告することになる。その時に幸善は仙人として残るかどうかを伝えようかと思っていたのだが、結局、考えは週末を費やしてもまとまることはなかった。


 そして、迎えた週明け。幸善は深く考え込んだまま、いつものように学校に通うことになる。


 今回は薫の妖術と偶然起こせた風の相性が良く、そのことによって戦えたが、現実的に考えてあれだけの体術と、あれだけの妖術を併せ持った相手と真面に戦えるはずがない。起こせた風もどうして起こせたのか分からない時点で、考慮していいのか怪しいところだ。

 そう思うと、このまま奇隠に残り、人型を相手にすることは無謀としか思えない。


 何より、明確に相手を殺さないといけないかもしれないと考えると、幸善にできるとは思えない。


 やはり、ここで奇隠を辞めることにしようか。そのように考えながら、幸善が教室に入ると、いつも以上に目を輝かせた東雲と鉢合わせた。急いで教室を出ようとしていたところのようで、幸善はぶつかりそうになる。


「あ、ごめん…て、幸善君。おはよう」

「あ、ああ、おはよう。どうした?危ないよ?」

「あはは、ごめんね。愛香さんがあの後見つかって、今日は学校に来てるって聞いたから」


 照れ臭そうに笑う東雲の後ろには、我妻と久世も揃っていた。東雲に連れていかれるのか、自主的についていこうとしているのか分からないが、二人も愛香のところに行くつもりのようだ。


「今から?時間ある?」

「ちょっと顔見て話したいだけだから。幸善君も行こうよ」


 東雲の提案に少し悩んでから、幸善はうなずいていた。仙人を続けるかどうか、未だに確実な答えは出ていないが、そのことを考え続けていたら答えの出る問題でもない。考え込みすぎてもまとまらないだけだったら、少しくらいは考えないでいる時間も欲しい。


 その思いから幸善も加わったことで、四人で愛香のいる教室を訪ねるために、自分達の教室を出ていた。その道中、東雲が愛香と話せるかを心配し始める。

 その心配の理由が幸善達には分からなかったのだが、東雲曰く、他のクラスメイトから事情を聞かれ、愛香と話すことができないかもしれないという考えらしい。そんなことはないだろうと幸善は思ったのだが、東雲は真剣にそのことを心配しているようだった。


 そして、実際に愛香の教室に到着すると、やはり東雲の考えは杞憂でしかなかったことが分かった。愛香は自分の席と思しきテーブルについており、その周りには他のクラスメイトが一人もいない。その様子を見た東雲が少し悲しそうな顔をする。


「愛香さん…一人だ…」

「まあ、来なかったのは金曜日だけだし、家に帰らなかっただけで誘拐とかされていたわけじゃないから…」


 実際は薫に攫われていたようなものなのだが、そのことを東雲達は知らないはずなので、幸善が誤魔化すように言うと、東雲は複雑そうな顔をしていた。


「だとしても、少しくらいは心配して声をかけるよ」

「そうかもな」


 幸善と東雲が話している間に、痺れを切らしたように久世が愛香のクラスメイトの一人を呼び止めていた。愛香を呼ぶように伝え、愛香がその子に声をかけられると、心底驚いた顔をしている。

 それから、出入り口に立つ幸善達を見つけると、更に驚きは増している。

 愛香は慌てて席を立ち、幸善達のところまで駆け寄ってきた。


「ど、どうしたの…!?」

「愛香さんが学校に来たって聞いて。大丈夫だったの?」


 東雲が聞くと、愛香は戸惑った様子で笑いながら、小さくうなずいている。


「何ともないから…大丈夫…」


 奇隠がどのように愛香に伝えたのか分からないが、何ともないと思うことではないはずだ。そのことが分かっているから、その笑顔に幸善達はホッとした顔をできない。


「何かあったら私達が聞くよ?」


 東雲が心配した様子で言うが、愛香はかぶりを振っている。


「本当に…大丈夫…」

「そう?」


 東雲は納得できていないようだが、愛香が話さないなら無理に聞き出すこともできない。そう思ったのか、時間的な問題もあったので、愛香に別れの挨拶を言って、その場を立ち去ろうとする。


 そして、幸善達が少し離れたところで、愛香が我妻をこっそりと呼び止めていた。袖口を掴まれた我妻が驚いた顔で振り返る。


「どうした?」

「あの…私、応援してるから…東雲さんと付き合えるといいね」


 ぎこちなく笑いながら愛香が言うと、我妻は困った顔をしながら、かぶりを振った。


「いや、それはない…と思う」

「え…?」

なんだ」


 その一言を言いながら、先を歩いている幸善や東雲を我妻が眺めている。その表情に愛香は言葉で言い表せない複雑な感情を懐く。


「そう…なんだ…我妻君はそれでいいの?」

「俺は…東雲が一番喜ぶ方がいい」


 その答えに愛香は重かった気分が急に軽くなった気がした。

 我妻も自分と一緒なのか、そう思ったら、嬉しいとは少し違うが、決して暗いわけではない気持ちになる自分がいた。そのことに愛香は納得しながら、穏やかな笑みを浮かべる。


「大変だね」

「そうだな」


 そう答える我妻を見て、愛香はようやく自分の気持ちを整理することができた気がした。

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