節制する心に迷いが吹き込む(14)
幸善が薫と接触した頃、冲方は幸善と連絡を取ろうと必死になっていた。幸善から車の写真が送られてきて、それから来た着信に出ようとした瞬間、電話が切れ、そこから連絡がつかない。何度も電話をかけているのだが、幸善は一向に出ない。
この時、幸善のスマートフォンは薫によって壊され、連絡手段がなくなっていたのだが、そのことを知らない冲方は同じことを数回繰り返す。
それから、幸善が電話に出ない理由を考え始めた。写真が送られてくる前の話から推測するに、
人型を相手にする場合は、二級仙人なら最低でも十人以上、一級仙人なら数人、単独で相手ができると言われているのは特級仙人くらいだ。幸善が単独で接触した場合、真面に相手できる可能性はないに等しい。
もしも本当に幸善が人型と接触していたら。そう考えてしまうと、すぐに冲方は中央室に向かっていた。そこでは鬼山達が幸善の話を参考に、人型の捜索を始めようとしている。
「どうした?」
中央室に入ってきた冲方があまりに焦った表情をしているためか、鬼山が怪訝な顔をしながら聞いてくる。その鬼山に対して、冲方は幸善から聞いた話と車の写真、それから幸善と連絡がつかなくなったことを報告する。
「頼堂君の身に何かがあった可能性があります」
「何か、か…」
鬼山が冲方から見せられた写真を見ながら考えるような素振りを見せる。その様子に冲方は焦りを募らせていたのだが、鬼山は至って冷静に指示を出す。
「この写真に写っている車の捜索、それから写真を撮った場所の特定を頼む」
そう言いながら、鬼山が部屋の中にいた
「いいですけど、こっちに写真を送ってもらえますか?流石にそのままだと」
「ああ、そうだな。じゃあ、頼む」
冲方のスマートフォンが鬼山の手から冲方の手元に戻ってくる。冲方の中で焦りは募っているが、冲方が焦ったところで幸善の居場所が分かるわけではない。この写真から特定できるかもしれないのなら、それに任せようと思い、冲方は写真をQ支部の中央室内にあるコンピューターに送る。
「送ったら、場所を調べてくれ」
「どっちを優先的に探しますか?」
「それはもちろん、頼…」
「車の方だ」
幸善の捜索を優先してもらおうと思った冲方の声を遮り、鬼山がそう指示を出した。その指示に冲方は驚いた顔をしてしまう。
「頼堂君は人型と接触している可能性があるんですよ?」
「可能性だけだ。それよりも、対抗手段を何も持っていない一般人の方が危険な状態にあるはずだ。ある程度の仙技が使えるなら、頼堂もすぐに殺されることはない」
「だとしても…」
「お前に写真を送った頼堂の気持ちを考えろ。その言っていた頼堂の知り合いに何かがあったら、その時は助けた頼堂にお前がぶっ飛ばされるぞ」
冲方は顔を歪めながら、焦りを誤魔化すように頭を掻き毟っていた。鬼山の言っていることは尤もだ。幸善と違い、一般人である愛香の方が危険であるはずだ。特に人型による何かを受けているなら、妖気の影響が著しく出る可能性がある。
「そうですね…分かっています…」
「焦っても仕方がない。取り敢えず、頼堂の知り合いをまずは助けよう」
「車、見つかりましたよ」
軽石の発言に鬼山と冲方が反応する。軽石の見つめるモニターには、幸善の住む地域の地図が映し出されており、その中の一点が点滅している。
「ここですね。ここに止まってますよ。動きませんね」
そう言いながら、軽石はその車が止まっている場所に設置された監視カメラの映像を見ていた。そこには確かに停車した車があり、その車は一切動く気配を見せていない。
「冲方。行けるか?」
「はい。分かりました。頼堂君の方もお願いします」
幸善のことばかりを気にしていても仕方がないと、冲方は気持ちを切り替えるために、愛香が乗り込んだ車のある場所に向かうことにする。
普段、幸善達が入口として使っているトイレから外に出て、冲方はスマートフォンを確認しながら、車の停車している場所に向かって走り出す。
その場所はQ支部から出るために使ったトイレから割と近く、冲方はすぐに到着することができていたのだが、その時にはその車の近くに一人の女性が立っていた。その顔を見るなり、冲方は驚いた顔をしてしまう。
「あれ?どうして、ここに?」
冲方がそう聞くと、そこに立っていた女性は黙って、スマートフォンの画面を見せてきた。そこには、この場所を示した地図が映し出されている。
更に良く見てみると、差出人は鬼山のようだ。
「ああ…近くにいたんですね…」
冲方が理解したように呟くと、その女性はこくりとうなずいている。
この女性は
恐らく、鬼山はその山田が近くにいることを思い出したのか、軽石か白瀬に教えられたのか、冲方よりも先に車を押さえられると判断し、この場所を教えたのだろう。
そのことを考えると、冲方は呆れた顔をせずにいられなかったが、その表情も長くは続かなかった。それよりも重要なことがある。
「そうだ。車の中は?」
冲方がそう言うと、山田がビシッと親指を立て、ぽつりと呟く。
「無事…」
その発言通り、車内では幸善の言っていた愛香らしき少女と、運転手と思しき男が仲良く眠っていた。その姿に冲方はホッとし、スマートフォンを取り出す。
「無事に保護しました」
「ああ、見てる」
報告した鬼山からの返答を聞き、冲方が監視カメラの存在を思い出す。それに向かって手を振ると、向こうから鬼山の面倒そうな声が聞こえてきた。
「何だ?映ってるよ、って言ったらいいのか?」
「求めてませんよ。頼堂君はどうなりましたか?」
「場所の特定よりも先に異常な妖気を観測した場所があって、そこに数人の仙人を向かわせている。多分、そこに頼堂もいると思う」
「頼堂君がどうなっているかは分からないんですか?」
「それは流石に分からないが、今も妖気を観測している以上は妖怪が誰かと戦闘中である可能性が高い。その相手が頼堂なら、まだ頼堂は生きていると考えるべきだろう」
「そうなんですね…」
「とにかく、そっちは向かわせた仙人に任せて、お前は山田と一緒にその車に乗っている人間を回収してこい。警察にも連絡は入れておくが、一応見つからないようにしろよ」
「はい。分かってます」
冲方が山田と一緒に車内で眠っていた二人を連れ出す。その間も考えることは幸善が無事かどうかということだった。
その後、冲方が気を失った幸善を無事に発見したという報告を聞くのは、愛香と運転手をQ支部に運んできて、万屋のところに連れていってからのことだった。その瞬間、冲方は無意識に笑顔を作ってしまうほどに安堵していた。
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