節制する心に迷いが吹き込む(12)

 どれだけ細かに操れるかは定かではなかったが、風に変化を持たせられることは証明した。それが薫の動きを制限し、何より、薫の使っている妖術の効果を薄めているとなると、時間を稼ぐどころか、薫を倒すことまでできるかもしれない、と幸善は思い始めていた。右足は未だに万全ではないが、さっきまでの制限された状況に比べると、かなり自由なものだ。


 行ける。そう思いながら、薫を見つめる幸善に反して、見つめられている薫は焦っているようだった。その様子を見たノワールが言ってくる。


「絶対に逃げられないようにしろよ。お前の知り合いを操ってたってことは、他も狙われる可能性があるってことだからな」

「分かってる」


 幸善は左手を開き、薫ではなく、地面に目を向ける。幸善が起こした風により、吹き飛ぶ薫を見ていて思ったのだが、あれだけの速度を幸善が出せたら、薫が全力で動いていたとしても追いつけるはずだ。

 もちろん、幸善の風を幸善自身に吹かせることはできない上に、吹かせたところで自由に移動できるとも思えないが、その風を出力にすることで幸善の移動速度を上げることはできるかもしれない。


 幸善は目を向けた地面に手を突き出す。最初に出した放水のような風でも、さっき薫を押し返した壁のような風でもなく、その中間にあるような柔らかさと勢いを持った風をイメージし、左手の仙気を動かす。


 そして、それが身体の外に飛び出る感覚と共に、イメージ通りの風が吹いた。幸善の身体は押されたように動き出し、薫に向かっていく。その速度は薫の不意を突いたようで、焦ったような表情のまま考え込んでいた薫は咄嗟に反応できていなかった。


 幸善は移動する速度のまま、万全な状態まで回復した左足で、薫の顔に目がけて膝蹴りを噛ます。速度はそのまま威力に変換されたようで、風を起こすことに意識を集中させていることで仙気による肉体の強化を行えていない幸善でも、十分に薫にダメージを与えることができていた。

 その証拠に大きく仰け反った薫がふらふらとした足取りで、倒れないように両足を踏ん張っている。


「この…!?」


 薫が構えた拳を幸善に振るってくるが、幸善はそれを直接的にガードできない。匂いの可能性がある上に、風を起こすことに集中すると、自分の身を守るために仙気を動かすこともできない。


 そのため、幸善は振るわれた拳から大きく逃れるために、風で地面を叩いていた。膝蹴りを噛ました時と同じ速度で、幸善は薫との間に距離を作る。

 それは単発のパンチやキックに対する過剰な回避に思えたが、その過剰さもうまく薫の精神を逆撫でしたようで、薫は少しずつ冷静さを失っている。


「ちょこまかと動くな!?」


 薫が最初に見せた速度で幸善との距離を一瞬で詰めてくる。それは本当に偶然なのだが、その時に幸善は今と同じ膝蹴りを噛まそうと思い、左手を地面に向けていた。


 その結果、幸善と薫は正面衝突することになった。特に強化をしていなかった幸善の身体は、その衝撃で悲鳴を上げる。


「おい!?大丈夫か!?」


 地面に転がり、苦悶の声を漏らす幸善にノワールが心配そうに声をかけてくる。幸善を襲ったダメージは凄まじく、幸善は真面に声を出せなかったが、何とか大丈夫であるという意思を伝えるために、左手の親指を立てる。


 確かに幸善を襲った衝撃は凄まじかったが、それは薫も同じことだったようで、薫は幸善と同じように地面に転がっていた。膝蹴りとパンチという攻撃手段の差か、薫は肉体を妖気で強化していたはずなのに、幸善と同じくらいのダメージを受けている。


「幸善?歩けるか?」

「……じょ…ぶだ…」


 幸善は薫よりも先にゆっくりと立ち上がる。まだ身体に痛みは残っているが、あと一発くらいなら、この身体でも問題ないはずだ。

 地面に転がり、悶え苦しむ薫を見下ろしながら、幸善が拳を構える。


 これで終わりだ。そう思いながら、止めを刺すために拳を振り下ろした。

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