節制する心に迷いが吹き込む(6)
幸善やノワールの証言から、佐崎や山の動物を操っていた犯人は薫である可能性が高く、薫が人間の姿をしている以上は
奇隠はその考えから、幸善の住んでいる場所の近辺に人型が潜伏していると判断し、調査を進めるようだった。
そのことをQ支部から立ち去る前に聞いたのだが、幸善はそれどころではなかった。頭の中は人型という新たに知ってしまった敵のことと、それによって生まれた選択肢で一杯だった。
自分はどうしたいのか。どうするべきなのか。そのことばかりを考えながら、幸善はノワールと一緒に自宅までの帰路を歩く。
「おい、幸善」
「何だよ…?」
「仙人を続けるにしても辞めるにしても、薫と遭ったんだから気をつけろよ。仙人とバレたら殺されるかもしれないぞ」
「そんなこと…」
ないだろう、と言いかけて、幸善は自分の甘さに気づいた。薫が人型である可能性が高い以上は、薫が幸善を攻撃してくる可能性は十分にある。今日のように逢ったとしても、次からは気軽に会話するべきではないだろう。
そう思った時、幸善はふと薫との会話を思い出した。今日のことだ。薫と逢った幸善はそこで愛香の話をした。薫がちょうど失踪事件のことを調べていて、その中で幸善が愛香と知り合いであるという話をしたのだ。
もしも薫が人型だとしたら、薫はどうして失踪事件のことを調べていたのだろうか。そう思った時、幸善は山の中で見た佐崎の様子を思い出す。
まさか、と幸善は気づきかけた事実に驚きの表情を浮かべる。
その時だった。幸善やノワールが歩いていく先の道を通りすぎる人影があった。既に周囲が暗くなっている時間であり、距離が離れていたこともあって、幸善は最初、それが誰なのか分からなかったが、そこでちょうどその人物が街灯の下を通りすぎた。
そこで幸善は驚きから立ち止まっていた。ノワールが怪訝げに幸善の顔を見てくる。
「どうした?」
「愛香だ…」
「愛香?」
愛香のことを知らないノワールは首を傾げていたが、幸善は慌てて走り出していた。その後ろをノワールがついてくる。
曲がり角を曲がった先に歩いていたはずの愛香は、既にその場所から姿を消していた。ここに来るまでの間に、既にどこかの道を曲がったのかと幸善は思うが、どの道を歩いたか分からない以上は愛香を追いかけることができない。
「見失った……」
「さっきの女か?なら、匂いで追えるだろう?」
諦めようとしていた幸善の隣であっけらかんとノワールが呟く。その姿に幸善はグラミーとの一件のことを思い出す。
「追えるのか?元になるような匂いはないのに?」
「さっき歩いていた女だったら、残り香は一つしかない。それを追えばいいんだったら簡単だ。何せ、俺は犬だからな」
「そんな自信満々に言うことかよ」
そう憎まれ口を叩きながらも、ノワールに感謝しながら、幸善はノワールと一緒に愛香の後を追いかけ始める。愛香は一人で歩いているように見えた。それが見間違いでなければ、愛香は薫とは関係がないかもしれない。
幸善がそう淡い希望を懐き始めた時、ノワールが小さく呟いた。
「その先から強く匂いがする」
ノワールの示した曲がり角に、幸善は急いで駆けていく。
その先には公園があり、その前に一台の車が止まっていた。その車の手前を一人の少女が歩いている。
その後ろ姿は愛香のものに見えた。
「愛香!?」
幸善が声をかけるが、愛香は止まることなく歩き続け、公園の前に止まった車の中に乗り込んでいく。その寸前、愛香の表情が見え、幸善は息を呑んだ。
どこまでも虚ろな目。その目は一度見たことがあった。
あれは佐崎が操られていた時の目だ。
そう思った時には、公園の前に止まっていた車が走り出そうとしていた。幸善は咄嗟にスマートフォンを取り出し、その車の写真を撮る。ナンバープレートまでばっちり写っていることを確認し、幸善は
「もしもし」
「冲方さん。俺です。頼堂です。今、いいですか?」
「ああ、頼堂君か。聞いたよ。人型のことを聞いたらしいね」
「そのことで急ぎの用があるんです」
「急ぎ?どうしたの?」
幸善は同級生である愛香が家に帰っていなかったこと、その愛香を発見したが呼び止める幸善を無視して車に乗り込んだこと、その瞬間の目が操られていた佐崎と同じことを説明する。
「車の写真を撮りました。その車を奇隠で調べられませんか?」
「分かった。支部長に話してくるから。すぐにその写真を送ってくれる?」
「はい」
そう言って電話を切り、幸善は冲方に車の写真を送る。その時に車の写真を改めて見て、幸善は既視感に気づいた。
何かに見覚えがあると思いながら、幸善は冲方に写真が送られたことを確認し、再び冲方に電話をかけようとする。
その直前、顔を上げた幸善は既視感の正体に気づいた。
そうか、車の止まっていた公園はノワールの散歩中に薫と逢った公園だ。
その時、幸善が耳に当てようとしていたスマートフォンが奪われていた。何が奪っていったのか確認する前に、幸善のスマートフォンは地面に落とされ、そこで粉々になるように踏み潰される。
「見つかっちゃった」
茶目っ気たっぷりにそう呟いた人物の顔を見て、幸善だけでなく、ノワールすらも固まっていた。
「薫さん…」
「ダメだろう、盗撮は」
そう注意する薫の目は一切笑っていなかった。
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