節制する心に迷いが吹き込む(5)

 幸善がノワールと一緒に会議室で待っていると、飛鳥あすか静夏しずかを連れた鬼山きやま泰羅たいらが姿を現した。二人は既に万屋から話を聞いているらしく、部屋に入ってきた時点で真剣な表情をしている。

 未だノワールから聞いた人型ヒトガタの説明を受けていない幸善は、二人がそこまで真剣な表情をしている理由があまり分かっていないのだが、それだけ重要なことなのだろうかと考える。


「人型らしき人物と接触したと聞いたが?」

「俺はよく分からないんですけど、万屋さんとノワールは人型じゃないかって言ってます」

「君はまだ仙技を完全に会得していないらしいからな。それなら、まだ教えられていないはずだ」

「どういうことですか?」

「君は奇隠のについて聞いたことがあるか?」


 鬼山の質問に幸善は目を丸くしていた。その質問の内容は幸善が聞きたかったことと関係があるとは思えない。


「人と妖怪を繋ぐためとか、そういうことでは?」

「それは仙人の仕事の説明であって、仙人を集めた奇隠という組織の設立理由にはならない。君は奇隠の歴史が浅いことを聞いていないか?」

「そういえば、そんな話を聞いたような…」

「奇隠が設立されたのは、今からのことだ。それまでは奇隠という組織そのものがなく、仙人は個々に活動していた。それが奇隠という組織を設立するに至った。その理由がだ」

「その人型って何ですか?」


 さっきから幸善がずっと気になっていることだった。奇隠の設立理由はいいから、そこを話して欲しいと思いながら聞くと、また鬼山が遠回りするようなことを口に出す。


「君は妖怪がどういう姿をしているか知っているか?」

「いろいろな動物ですよね?ノワールだったら犬だし、グラミーだったら猫ですよ」

「なら、それら動物の中で我々の身の回りにいる最も数の多い動物は何だ?」

「何だろう?蟻?蚊?」

「もっと見る動物がいるだろう?」

「もっと見る?」

だよ」


 その時、幸善はずっと聞いていた人型という言葉がそのままだったことを悟る。


「もしかして、人の形をした妖怪がいる…?」

「そう。それが人型だ」

「ちょっと待ってください…!?じゃあ、街にいる人の中に妖怪が紛れているってことですか…!?」

「可能性はあるが、人型の数は全部で二十二体しかいない。それぞれが番号で呼び合っていて、始まりの人型であるNo.0からNo.21までの二十二体だ。ただその特徴は少し厄介だ」

「特徴?」

「人型の身体の構造は他の妖怪と違い、完全に人間と同じというわけではない。その影響か、妖気を完全に操る技術を有しており、強力な妖術を使える他に、妖気を完全に消し去ることができる」

「それって人型がいても分からないってことですか?」

「そういうことだ」

「でも、さっき二十二体って厳密な数を言っていたってことは全てを把握しているんですよね?」


 話の流れから読み取るとはそれは当たり前の解釈だったが、鬼山はその言葉にかぶりを振っていた。


「人型は元々持っている妖気が大きすぎるためか、誕生時に莫大な妖気を周囲に発するんだ。その記録が二十二体分存在しているだけで、二十二体の中で姿が分かっている人型は半数以下しかいない」

「じゃあ、奇隠は人型のほとんどを把握していないってことですか?」

「そういうことだ」

「その人型は人間に友好的なんですか?」

「それが奇隠の設立の理由に繋がるところなんだが、人型はNo.4を除きしている」

「は?え?でも、ほとんど把握していないんですよね?何でそう言い切れるんですか?」


「No.0愚者ザ・フールの行動理念がことなんだ」


「愚者?」

「奇隠は個体を認識するために人型の番号にタロットを当てはめて名称をつけているんだ」

「それで愚者…でも、人間を滅ぼすって、どうして?」

「それは知らない。本人に聞くしかない。ただNo.4皇帝ジ・エンペラーを除く二十体の仙人は、その考えに賛同しているらしい」

「つまり、二十一体の人型が人間を滅ぼすために行動している、と?」

「そうだ。それに対抗するため、仙人は奇隠を設立した。どこに人型がいても、仙人が対応できるように」


 人の中に紛れ込んだ妖怪、人型。人間を滅ぼすために動く、No.0愚者。それと敵対するために設立された組織、奇隠。知っていた単語も知らない単語も交ざり、幸善の知らなかった事実が目の前に並べられ、幸善は眩暈に襲われていた。

 そう考えてみると、これまでに人型が関わっていそうなことに覚えがあった。牛梁うしばりあかねと関わった植物の妖怪の一件も、万屋は最初人型の可能性は疑ったに違いない。


 しかし、それならば疑問に思うことがあった。


「どうして、俺は人型のことを教えてもらっていなかったんですか?」

「それは君が仙技を使えない…つまり、身を守る手段を持っていないからだ」

「どういうことですか?」

「想像してみると分かる。武器も盾も持っていない君が道歩く人の中に妖怪がいるかもしれないと知った時、君は今までと同じように街を歩けるか?」


 その一言に幸善は考えてもいなかった可能性に気づかされた。その瞬間の表情を見たためか、ノワールが小さな声で「無理だな」と呟いている。


「仙技を覚えていればある程度、身は守れる。その上で奇隠は二度目の選択を君に与えるつもりだった」

「二度目の選択…?」

「このまま奇隠で仙人を続け、人型と戦うか。それとも、奇隠をやめて最低限度自らの身を守りながら、今まで通りの日常を過ごすか。少し予定より早いが考えてくれて構わない。我々奇隠が戦いを強制することはない。嫌なら辞めた方がいい」

「ちょっと待ってください…急にそんなことを言われても…」

「そうだろうから、良く考えてくれ。もしも人型と遭ったら、その時はのだから」

「あ…」


 その鬼山の一言が幸善の頭の中にこびりついて離れなかった。話を終えた鬼山や飛鳥が会議室を去っても、幸善はしばらく立ち上がれないほどに、ずっと考え続けていた。

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