節制する心に迷いが吹き込む(2)
放課後を迎えた幸善はモヤモヤとした気持ちを抱えたまま、一人で下校していた。我妻は部活があり、東雲は愛香のことを他の生徒に聞くらしい。久世は気づいたらいなかった。
この時の幸善は愛香のことを考えていた。それは他のみんなも同じことだろうが、幸善の場合は少し違っていた。
愛香が家に帰らない理由はいくつか考えられた。その中でも高い可能性が二つ。一つが家出で、もう一つが事件に巻き込まれた可能性だ。特に家出に関しては我妻と何かあった可能性が高いため、理由もしっかりあることになり、この中でも一番高い可能性になる。事件に巻き込まれた可能性もあるにはあるが、その場合は警察の領分であり、幸善達が何かできることではない。
ただし、そこには例外が一つ含まれていた。それは東雲達が気にしなくても、幸善が気にする可能性だ。
それが事件の部分に妖怪が絡んでいる可能性だった。もしも愛香が妖怪の関わる事件に巻き込まれ、それが原因で家に帰ることができなくなっているのなら、これは警察ではなく、奇隠の領分になる。
それはつまり、幸善が調べる必要が出てくるということだ。そのことを考えると、幸善は非常に悩んでいた。以前の東雲や我妻の時ならまだしも、愛香の情報を幸善はほとんど持っていない。調べようにも限られた情報では十分に調べられない。
かと言って、奇隠に動いてもらうには可能性が低すぎる。普通に考えると、これはただの家出であり、妖怪が絡んでいる可能性は現時点でないに等しい。
幸善がどうするべきか考えながら、道端で頭を抱えていると、見覚えのある顔と不意に目が合い、互いに会釈をしていた。
薫。フリーライターをしていると言っていた薫だと幸善は思い出す。
「やあ、こんにちは」
前方から歩いてきた薫の挨拶に幸善も挨拶を返していると、薫が幸善の隣を覗き込んできた。キョロキョロと見回す様に幸善が同じように目を向けてから、薫の目的が何かを察する。
「ああ、ノワールでしたら、今日はいないですよ。俺は今から帰るところなんで」
「ああ、下校中か」
「薫さんは仕事ですか?」
「ああ、そう。ちょっと取材に行ってたんだ」
「取材?何の?」
「詳細は話せないけど、失踪事件、とだけ言っておこうか」
それは今まさに幸善が考えていたことであり、その言葉に幸善は想定外に大きな反応をしてしまっていた。その反応を見た薫が何かに気づいた顔をする。
「そういえば、新しい子は高校生って言ってたな…まさか、知り合い?」
幸善は咄嗟にかぶりを振っていた。薫がどうかは分からないが、不用意に愛香のことを話して、それが記事になったら、本当に愛香が帰ってこれなくなるかもしれない。
その不安が伝わったのか、薫は小さく笑っていた。
「そうか。記事にされると困る話があるんだな。分かった。記事にはしないから、何か悩みがあるなら話してみないか?顔が凄まじいよ」
そう言われて、幸善はつい自分の顔に触れていた。触れたところで自分の顔の様子は分からないが、愛香のことで幸善に悩みがあることは薫に伝わってしまっていた。そのことに気づいた時には既に遅く、小さく笑っている薫に幸善は複雑な表情をすることしかできなかった。
「記事にしないのなら、少しだけ聞いてもらえますか?」
「しないから話してみなよ」
幸善は自分の気づいていたことも含めて、誰かに聞いてもらいたい気持ちが強かった。その気持ちのまま、一部の名前は伏せた上で、昨日に起こったことを薫に話していた。
愛香の気持ち、我妻の気持ち、東雲の行動、幸善の行動、そして、起こった結果。それら全てを薫に話し終えたところで、薫は不思議そうに首を傾げていた。
「一つ分からないんだけど、君はどうして、そのくっつけ隊の女の子の行動を止めなかったんだい?」
「え?」
「気持ちが分かっているのなら、君が参加をしなければいい。そうしたら、その子の行動は少し押さえられていたかもしれない。そうしたら、失踪した子はいなくならなかったかもしれない」
どうして、東雲を止めなかったのか。幸善はそう聞かれると何も答えることができなかった。どうしてと言われても、その行動に何か理由があるわけではない。
強いて言うなら、幸善には想像できていなかった。誰かが誰かを思う気持ちの強さも、それが壊れた時の辛さも、幸善には正確に想像できることが何一つなかった。
その微妙なズレがその行動に繋がったのかもしれない。そう思ったら、幸善は途端に自分の行動が愚かしく思えていた。
そのことを表情から察したのか、薫は慌てて両手を振るっていた。
「いや、すまない。悪気があって言ったわけじゃないんだ。ただ純粋な疑問で…そこまで悩むとは思っていなかった」
「いえ、こちらこそ、話を聞いてくださり、ありがとうございました…」
それだけ告げ、頭を下げてから、幸善は薫と別れる。
もしかしたら、愛香の失踪の原因は自分にあるのかもしれない。そう考えると、幸善の胸は大きく騒めき、何かをしないといけない気持ちが強くなっていたが、そう思ったところで何が自分にできるのか、答えは見つかりそうになかった。
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