節制する心に迷いが吹き込む(1)
そう思っていた朝のホームルーム前のことだ。教室に入ってきた
「
「愛香が?」
聞き返す我妻と一緒に幸善と東雲も驚いた顔をして、互いに顔を見合わせていた。やはり、あの後に何かあったのだろうかと幸善が思った直後、我妻がかぶりを振っている。
「いえ、知りません。愛香は何も連絡なく、帰っていないんですか?」
「ああ、そうみたいだ。他の陸上部員にも当たっていると思うが、仮に何か思い出したことがあったら言ってくれ」
「分かりました」
我妻が七実と話し終え、幸善達のところに歩いてくる。その時には
近づいてきた我妻に、東雲が我慢できなかったように詰め寄っている。
「さっきの話って…!?」
「どうやら、愛香が家に帰っていないらしい」
聞き耳を立てていたから分かっていたが、実際に我妻の口から愛香四織が家に帰っていないと言われると、幸善や東雲は言葉が出ないほどの衝撃に襲われていた。東雲が何度か口をパクパクと動かしてから、慌てたように我妻に聞いている。
「けど、昨日、愛香さんと一緒に帰ったよね!?」
その問いに我妻は迷いながらもかぶりを振っていた。
「確かに途中まではそうだったが、家までは送っていない。その前に、ここまでで大丈夫と言われたから、途中で別れた」
我妻の言葉に東雲は目を真ん丸にしてから、途端に怒った顔をしていた。戸惑ったような表情で俯く我妻に近づき、その顔をまっすぐに見つめている。
「どうして!?せっかく二人で帰ってたのに、どうして家まで送ってあげなかったの!?どうして、一人で帰ったの!?」
「それは……すまん……」
我妻は少し口を開き、何かを言おうとしていたが、すぐに閉じて、その謝罪の言葉を口にしていた。我妻が東雲に謝ることは何もなかったと思うが、幸善はそれ以上に我妻が何を言おうとしたのか気になっていた。
さっきから、我妻は意図的なのか、無意識なのか分からないが、愛香と一緒に帰っている最中のことを隠しているようだった。その時に何かが起きて、愛香が一人で帰ることになったと思うのだが、その時に起きたことが分からないと、その時の愛香の気持ちも分からない。
「我妻君。話したのかもね」
幸善にだけ聞こえる声で、久世がそっと言ってきた。同じことを思っていた幸善はその言葉にうなずく。
どういう流れかは分からないが、我妻が自分の気持ちを愛香に伝えた。そのことで愛香は我妻と一緒にいることが辛くなり、一人で帰った。そう考えると辻褄が合ってくるが、そのことで家に帰っていないとすると、そこには悪い想像がつきまとう。
「だが、愛香はまた明日と別れ際に言っていたんだ」
幸善の中で嫌な想像が膨らむ前に、我妻がそう呟いていた。
「愛香なら、ちゃんとまた学校に来るはずだ。ちゃんと家に帰って、来週には学校に来ているはずだ」
そう強く信じた我妻の目を見て、東雲は流石に怒れなくなっていったようだった。幸善も我妻のように信じたい気持ちが強かったが、どうしても愛香が家出をした可能性を捨て切れず、大丈夫かと不安な気持ちが強かった。
その日の内に、いなくなった愛香は最近増えている失踪事件の一つとして、ネットニュースに取り上げられていた。その記事がきっかけで、愛香が家に戻ることはないだろうかと、昼休みに少し期待していた幸善達だったが、結局、愛香が家に帰ったという知らせはないまま、放課後を迎えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます