四人目は恋の匂いに走り出す(5)
行き違いになり、我妻が愛香を誘えなかった可能性も幸善は考えていたが、無事に、とこの場合に言っていいのか分からないが、無事に我妻は愛香を連れて正門前に現れていた。
愛香を昼食に誘った時もそうだったが、愛香は我妻が一緒ということで緊張しているようで、正門前で待っている幸善達を見るなり、仰々しく頭を下げてくる。いくら、それが緊張から来る行動だと分かっていても、同級生に頭を下げられると、幸善達も反応に困り、苦笑いを浮かべることしかできない。
「じゃ、じゃあ、行こうか」
苦笑いを浮かべたままの東雲の一言で、合流した五人は歩き出していた。目的地はもちろん、スポーツ用品店なのだが、その道中になって東雲が当たり前の疑問を口に出す。
「ところでスパイクってどうやって選ぶの?」
「あ、それ。分からないよね」
すぐに同意する久世の隣で、「やっぱり、分からないよね」と幸善は心の中で思っていた。スパイク選びに誘われた段階から思っていたことであり、東雲が愛香を誘うように言った理由のところもこれだったのだが、普通に考えて幸善達が同行する理由がない。
そう思っていると、我妻があっけらかんと答えてきた。
「見た目」
「絶対に違くね?」
思わず幸善がツッコミを入れた直後、愛香がくすくすと笑っていた。今の流れから即答で見た目と答えられても、流石に違っていることくらいは幸善にも分かった。それと同時に、即答するくらいなのだから、我妻も分かっていないことも分かった。
なるほど。だから、幸善達が誘われたのかと幸善は思う。我妻の中ではスパイクを選ぶことも、普通の靴を選ぶことも同じであるに違いない。
「愛香さんは分かる?」
東雲が愛香に振ると、愛香はうなずいていた。流石は陸上部のマネージャーだと思ってから、最近なったばかりだということを思い出す。
もしかしたら、陸上部のマネージャーになるにあたって、いろいろと勉強したのかもしれない。その理由が我妻なのかもしれないと考えると、幸善は東雲の作戦を止めるべきなのか、止めずにいるべきなのか分からなくなる。
「どこで選ぶの?サイズ?」
「それはもちろんだけど…種目とか、そういうところで変わってくるよ…?」
「種目?短距離走とか、そういうこと?」
「うん…短距離走だと底のプレートが硬くて、クッション性の低いスパイクを選んだ方が、瞬発力が出るからいいんだけど、そのスパイクだと身体への負担が大きすぎて、長距離走には向いていないの…」
「ああ、なるほどね。硬い方が確かに跳ねる感じはあるよね」
声は小さいながらも、しっかりとした愛香の説明に久世は納得した顔をしていたが、東雲は良く分かっていないようだった。
「でも、トランポリンとかの方が跳ねるよね?」
「東雲はトランポリンの上を速く走れるのかよ…?」
「あっ、無理だ」
幸善のツッコミに自分の考えていることが全く違っていることに気づいたらしく、東雲は頬を赤く染めていた。その様子を見ながら、久世が気づいたように愛香に質問している。
「今の流れで思い出したけど、大会が行われるような会場って、学校のグラウンドみたいな土じゃないよね?」
「ああ、うん…だから、そこに合わせてピンの形を変えるよ…ピンの長さは走る長さによっても変わるし…」
「あのピンを換えてるのって、そういう理由があったんだ…気分かと思ってた」
「俺は単純に古くなったとか、そういう理由だと思ってた」
愛香の説明に幸善と久世が納得している間に、目的地だったスポーツ用品店に到着していた。かなり大きな店で、店内は入口から全体が見えないほどに広く、幸善達は迷子にならないように即座に店員に頼り、何とか陸上用のスパイクが売られているエリアに到着していた。
そこで愛香のアドバイスを受け、我妻にオススメだというスパイクをいくつか見る。さっき愛香から簡単な説明を受けたとはいえ、細かな違いが幸善達には分からなかったが、それは我妻も同じだったようで、いくつかのスパイクを見ながら首を傾げていた。
「こういう状態になると、どうやって決めるんだ?」
悩み始めてしまった我妻の様子に幸善が思わず聞くと、愛香は少し考えるような素振りを見せる。
「えーと…多分、我妻君が言っていた見た目とかになると思う…結局、自分が気に入っているかどうかも結果に繋がるポイントだと思うから…」
「ああ、まあ、そうか。テンションとか大事そうだし、そうなると我妻が気に入ったものを選ぶの待ちか」
幸善がそう言って、少し離れた位置にある椅子に座り、四人を眺めてきていた久世の隣に腰を下ろしていた。その姿を見るなり、久世が笑みを浮かべてくる。
「僕と一緒にいたかったの?」
「違う。座って待ちたかっただけだ」
「そう?向こうにいてあげた方が良かったと思うけど?」
「どういう意味だ?」
幸善が聞いたところで、愛香が一つのスパイクを手に取ろうとしていた。それは我妻の予算の中では割と良いスパイクらしく、愛香が最初に選んでいたもので、何より、我妻の好みに合っているデザインに見えた。
「あの、我妻君。私はこのスパイクがいいと…」
愛香がそこまで言った時、我妻の隣で東雲が屈み、何気なく、一つのスパイクを手に取っていた。
「これ、カッコイイね」
その一言を聞いた時、幸善は久世が何を言いたかったのか理解した。
しかし、その時には遅く、我妻は東雲が手からスパイクを取り、そのスパイクをまじまじと眺めている。
「これにする」
「え?いいの?あんなに悩んでたのに?」
「これがいい」
そう言って、そのスパイクを片手に我妻は立ち上がると、すぐにレジの方向に歩き出してしまう。その姿を見つめる愛香の姿に、幸善は言葉が出てこなかった。
「分かっていたのなら、お前もいろよ」
隣にいた久世に愚痴のように呟く。すると、久世が普段は見せないような寂しい顔を不意にした。
「君はね。片思いが続く辛さを知らないんだよ。それも絶対に叶わないと気づいた時の絶望を、君は知らないんだよ」
「何だよ、急に。どういう意味だよ?」
「別に。分からないんならいいと思うよ。ただ我妻君と同じくらいに君も悪い男だと思うよ」
そう話している間に我妻が戻ってきていた。その時には愛香が笑みを浮かべていたのだが、その笑みがどこか久世の見せた寂しい顔と重なり、幸善は複雑な気持ちを抱えていた。
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