四人目は恋の匂いに走り出す(4)

 その翌日、翌々日と東雲が考案した我妻と愛香を近づける作戦が決行されていたが、それは想像よりもうまく行っていなかった。それは我妻の気持ちを知っている幸善が邪魔をしていたからとかではなく、単純にうまく行っていなかった。


 例えば、東雲が愛香と一緒に昼食を食べようと思い、愛香を誘っても、普段から我妻が無口なこともあって、愛香との会話が弾むことはなく時間が終わったり、放課後に我妻と愛香を一緒にどこかに連れ出そうとしても、二人共部活があるからと断られたり、東雲の作戦は明らかに空回りしていた。

 特に放課後に誘った時は「いや、それは流石にそうだろう」と幸善だけでなく、久世も思ったようだったが、落ち込む東雲に追撃することはできず、幸善と久世は黙っていた。


 このまま、東雲が諦めてくれないだろうかと幸善が思い始めていた木曜日。その幸善の思いを打ち砕いてきたのが、まさかの我妻だった。


「なあ、今日の放課後、買い物に付き合ってくれないか?」


 帰り支度をしていた幸善と東雲に我妻がそう言ってきた。その一言に呼ばれるように久世も近づいてくる。


「買い物って?」

「新しいスパイクを買いたいんだ。前のが古くなってきて、早めに変えておかないと」

「大会が近いとか?」

「それもあるけど、いつ相亀あいがめと戦うことになるから分からないから」


 幸善はこの前に起きた我妻と相亀弦次げんじの百メートル走対決を思い出していた。あの時は相亀が仙技を用いるという明らかなズルをしており、相亀が勝ったことは必然だったのだが、そのことを我妻は気にしていたようだ。


「そ、そんなに気にしなくても…」


 東雲も相亀との勝負をセッティングした手前、気にしている部分があったのか、そう言っていたが、我妻は頑なにかぶりを振っている。


「陸上部として負けたことは恥だ」


 幸善は心の中で戦っていた。酷く心を痛めた我妻に真実を伝えてあげたい。伝えてあげたいが、そのためには仙人の存在も知らせないといけない。そうしたら、仙技を使えない我妻を危険な目に遭わせるかもしれない。何より、幸善が仙人となっていることを危ないからと止められるかもしれない。

 だから、それはできない。そう思いながら、幸善は心の中で謝罪の言葉を繰り返していた。


「あ、それなら、スパイクのことに詳しそうな人も誘った方がいいよね?」


 不意に東雲が呟き、幸善は嫌な予感がしていた。久世も察したのか、すぐに笑顔を作り出し、東雲の発言に乗っかってくる。


「そうだね。僕達だとアドバイスもできないし」

「え?ちょっ…」


 と待て、と続けようとしていた口は久世に押さえられ、封じられてしまっていた。幸善は久世に抗議の目を向けるが、久世は笑顔を向けてくるばかりで、手を退けてくれる気配はない。


 その笑顔をじっと見ていると、東雲と違い、久世は気づいていることに幸善は気づいた。何を考えているのか分からないが、絶対にいいことではないと思い、幸善は久世を露骨に睨みつける。

 だが、その睨みに効果はあまりないようで、久世の笑顔は変わらない。そのことに幸善が苛立っている間に、東雲が我妻に言っていた。


「ほら、愛香さんとか」

「愛香?何で、愛香?」

「だって、陸上部のマネージャーをしているなら、その辺りにも詳しそうでしょう?」

「そうかもしれない…けど、何か最近、愛香を誘うことが多くないか?」


 我妻の指摘に東雲は露骨に動揺していた。その姿にも久世は笑っており、幸善は久世がただ単に今の状況を面白がっているのではないかと思い始める。そのことに幸善は更に苛立っていた。


「と、特に理由はないよ!?そ、それよりも、ねっ!?誘ってきたら!?」

「まあ、そこまで言うなら、分かった」

「正門前で待ってるね」


 教室を出ていく我妻を見送り、東雲はほっと胸を撫で下ろしていた。そこでようやく、久世が幸善の口から手を退ける。

 その瞬間を狙っていたように、幸善が口を開いていた。


「おい。絶対、楽しんでるだろ?」

「何のことかな?」


 久世は誤魔化していたが、笑みが一切消えない表情を見ていると、その本心くらいは察することができていた。


(つーか、どうしたらいいんだ?)


 決まってしまった今からのことを考え、幸善はつい頭を抱えていた。

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