虎の炎に裏切りが香る(17)
幸善と葉様が佐崎を止めた頃には、本題であるはずの山に潜んだ妖怪の一件に片がついていた。腹部を刀で刺された有間は当たり前のことだが、左腕を負傷した幸善と、何者かに操られ、現在は意識を失っている佐崎も急いでQ支部に運び込まれ、幸善は気を失った佐崎と一緒に医務室にいた。
「仙気の影響もあるから、傷自体は早く治りやすいが、そうだとしても全治二週間ってところだな」
幸善の傷を治療した
何せ、仙技も一人前に使えていない状態なのだ。そこにリハビリも加わるとなると、仙人として一人でやっていけるくらいの力が身につくのはいつなのかと、軽い絶望すら覚える。
それから、別室で治療中という有間の様子を見に、万屋が医務室を出ていった直後、部屋を新たな人物が訪ねてくる。
「お邪魔します」
そう言いながら、恐る恐るといった感じで入ってきたのは
「秋奈さん?」
「大丈夫?怪我をしたって聞いたよ?」
医務室に入ってきた秋奈はキョロキョロと怪しげに医務室の中を見回していた。その視線はやがて、左腕に包帯を巻いた幸善に止まり、そこからベッドの上で眠ったままの佐崎に移る。その後、歩き始めた秋奈は視線のまま、佐崎の眠るベッドに近づいていく。
「俺と佐崎は大丈夫みたいです。けど、有間さんが…」
「かなりの重傷らしいね。沙雪ちゃんじゃなかったら、死んでたかもしれないって聞いたくらいだし」
佐崎に顔を近づける秋奈を見ながら、不意に白い猫の姿を思い出していた。
「今日はグラミーを連れてないんですね?」
「いくら仙人でも怪我をしてたり、意識がなかったりしてると、妖気の影響が出るかもしれないからね。こういう場所に来る時はお留守番って決まってるの」
秋奈の言葉に幸善は納得していた。左腕を負傷しているだけの幸善はともかく、意識を失っている有間や佐崎に何も起きないと断言はできない。
「そういう場合もあるのか…」
幸善がそう呟いていると、不意に秋奈が佐崎から離れて、幸善の前に来ていた。突然、目の前に現れた秋奈の顔に、相亀ほどではないがドギマギしていると、不意に秋奈が顔を近づけてくる。
そういえば、同じことを佐崎にもしていたと思っている間に、秋奈は幸善から離れ、納得したように小さく何度もうなずいていた。
「どうしたんですか?」
「いや、何でも。それより、幸善君。お願いがあるんだけど」
「お願い?」
「そう。私がここに来たこと、内緒にしておいてくれる?」
「内緒に?何で?」
「お願い」
両手を合わせて申し訳なさそうに笑顔を浮かべる秋奈を見て、幸善はうなずくしかなかった。その姿に満足したのか、秋奈はさっさと医務室の奥に歩いていき、いつも万屋が使っている扉を開く。
「じゃあ、お願いね」
そう言って、秋奈が扉の向こうに消えていった直後、医務室の扉が開いた。あまりにタイミングの良いことに幸善が驚いていると、そこには水月達が立っていた。水月と相亀、それに杉咲の三人だ。
「どうだ?見に来てやったぞ?」
「水月さんと杉咲さんか。わざわざ、ありがとう」
「今の流れで良く無視できたな」
幸善が相亀からの褒め言葉を貰っている間に、杉咲がベッドの上で眠ったままの佐崎に近づいていた。佐崎の身体に触れて、傷がないことを確認している。
「啓吾…」
杉咲が不安と安堵の混じった声で佐崎の名前を呼んでいた。その声を聞いたことで、幸善は佐崎を気絶させた人物のことを思い出す。
「葉様を?他のみんなもどうしてるの?」
「葉様は分からない。勝手に戻って、勝手にどこかに行ったらしい。冲方さんと傘井さんは妖怪以外に何もないか山の確認中だ。と言っても、二人しかいないから、あまり深くは捜索できていないらしいがな」
「牛梁さんは万屋さんの手伝いをしているよ。有間隊の三人は有間さんについているみたい」
相亀と水月の説明を聞きながら、幸善は蚊帳の外にいる気分になっていた。葉様にいろいろ言っていたが、結局、解決したのは葉様であり、幸善は何もできなかった。虎の妖怪にも幸善は関わることができなかった上に、虎の妖怪は結果的に殺されてしまった。
もちろん、幸善がいないとそれ以外の選択肢がないことも分かっているが、だとしたら、自分はその場にいるべきだったという思いが強まっていく。
自分がいたら違う結末があったかもしれない。そう思ったら、どうしようもなく悔しかった。
「何か悩んでいるの?」
水月にそう聞かれて、幸善は自分を見つめる水月と相亀の目に気がついた。
「葉様にいろいろ言った割には、結局、虎の妖怪も殺すことになったし、俺は何もできなかったなって思って」
「そんなことない」
不意に杉咲が話しかけてきて、幸善だけでなく、水月と相亀も驚いた顔をしていた。
「貴方がいたから、葉様は啓吾を殺さなかった。それは十分に凄いこと。だから、ありがとう」
表情こそ冷めているが、その言葉に嘘偽りはなく、本心から思っていることは伝わってきていた。だから、幸善は戸惑いながらも、言葉を返すことにする。
「どういたしまして…?」
「あの葉様を変えようとする時点で、そもそも無謀だから。多少のことは気にする必要がない」
その言葉に含まれた毒々しさに、幸善達は顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。
「もしかして、葉様のことが嫌い?」
「別に。啓吾以外に興味はない」
あっけらかんと言ってのける杉咲に、またしても幸善達は驚いていた。佐崎はそれから三十分後に無事目を覚ましていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます