虎の炎に裏切りが香る(13)
図らずも葉様と協力し、佐崎と戦うことになった幸善だったが、想定とは違って防戦一方になっていた。それは葉様が佐崎を斬ろうとしたために、幸善が止めに入っているとか、そういうことではなく、単純に佐崎の動きに葉様と幸善が対応できていなかったからだ。
佐崎の素早く繰り出される攻撃を葉様が受け止め、攻撃に転じようとするが、それを佐崎は簡単に躱し、生じてしまった隙を幸善が潰す。その繰り返しばかりで、幸善と葉様は佐崎の意識を奪うどころか、動きを止めることすらできていない。
タカの一件で身体能力を向上させる仙技を使えるようになった幸善だが、それも手や足などの一部分限定でしか使えない。そのため、佐崎の動きに対応できないのは分かり切っていることだったが、葉様まで佐崎に押されているのは意外だった。妖怪を全て殺すと言い切っていた割には、佐崎一人にも苦戦している。
その事実に呆れがないと言えば嘘になるが、そういった気持ちは込めたつもりのない視線で葉様を見ていると、葉様の苛立った視線とぶつかった。
「何だ?」
「いや、思っていたよりも佐崎に苦戦しているなあ、と思って」
幸善がそう指摘した直後、葉様は苦々しそうに顔を歪めていた。
「五月蝿い。言いたくはないが、剣の腕は佐崎の方が上だ」
「へぇ~、お前より佐崎の方が強いのか~」
それは揶揄いの意味もなく、純粋な感心と共に発していたのだが、そうなると厄介なことにすぐに気づいてしまっていた。
「なら、どうやって、佐崎を止めるんだ?」
その一言に葉様の表情はより一層、強く歪んでいく。
「だから、さっさとやってしまいたかったんだ…」
今から思うと、有間に剣を刺した佐崎を斬るまでの葉様の判断は、焦っているようにも見えた。あれは早急に仕留めないと手が付けられないと知っていたからなのかと今になって思う。
しかし、そうだとしても、葉様が佐崎を斬ることは認めるわけにはいかない。幸善が止めたことは間違いではないはずだ。
幸善と葉様が会話を続けている間は時間が止まっている、みたいな御都合主義的展開はあり得ないので、二人の会話の内容など関係なく、佐崎は邪魔者を排除するために動き出す。会話をしながらも、佐崎に意識を向けていた二人はその動きに反応することができたが、反応しても避けるのが精一杯で佐崎に攻撃することはできていない。
そう思っていると、だんだんと葉様の動きが大きくなっていることに気がついた。それは佐崎を執拗に狙った攻撃に繋がっているが、その攻撃が有効的に働いているようには見えない。
そう最初は思っていた幸善も、葉様の動きを見ながら、その隙を潰すために動いていると、葉様の真意がだんだんと分かってきていた。咄嗟に葉様の動きを止めるように手を伸ばし、佐崎の攻撃が届かない位置まで逃げることにする。
「何をするんだ!?」
突然の幸善の行動に葉様は怒りを見せていたが、怒っているのは幸善も同じことだった。既に葉様には言ったはずなのに、葉様は聞くつもりがなかったということを、葉様の行動が示していたからだ。
「お前、佐崎を斬ろうとしているだろう…!?」
「だったら、何だ?」
「お前、俺があれほど言ったの…」
「なら、どうやって止める!?今の佐崎は殺すつもりで斬らないと止められない。少なくとも、俺にはそうだ。それとも、お前だったら止められるのか?」
葉様の剣幕に気圧されながら、幸善は言葉を失っていた。葉様は葉様なりに考え、佐崎を止める方法を見つけようとしていたのに、それを一方的に否定しようとした幸善の行動は、否定しようとした考えと同じものになっている。幸善はそのことに反省していたが、葉様の方法を肯定するつもりはなかった。
「だったら、俺とお前が協力したらいいだろ?」
「ふん」
幸善の提案を葉様が鼻で笑い、それを合図にしたように佐崎が攻撃をしてきた。幸善と葉様は距離を開けられ、会話は中断を余儀なくされる。
あの状態の葉様が協力するとは思えない。それなら、葉様が自分よりも剣の腕が立つと評価している佐崎を超えられるように、幸善は葉様の足りない部分を勝手に補う必要があった。それが何なのかは剣のことを何も知らない幸善には分からない。
だが、それを見つけないと、幸善と葉様の二人が佐崎を止めることは難しそうだ。そう考えながら、幸善は葉様と佐崎の動きに目を向けていた。
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