虎の炎に裏切りが香る(12)
水月と杉咲は別行動を提案していたが、冲方は承認できないようだった。そもそも、水月達が一緒に行動していた理由はそれが安全に対応できるからであり、そこから人数が減り、更に人数を減らすとなると、首を縦に振ることができないのも当たり前だ。
「それは流石に認められません」
冲方が傘井に同意を求めるように目を向けている。
しかし、傘井は冲方の声を聞いていたかも怪しいほどに考え込んでおり、すぐに反応していない。これほどまでに傘井は何について考えているのだろうかと思っている間に虎は動き出し、片側に分かれた相亀達の方に向かっている。
「冲方君、六人であの虎を相手にできる?」
不意に聞かれた言葉に冲方は固まっていた。傘井が何を考えて、何を言い出したのか、咄嗟に処理が追いつかなかったようだ。理解するまでに数秒かかり、ようやく口を開く。
「まさか、傘井さんも?」
「ここは探すべきだと思う」
「しかし…」
「この人数で行動していた対応するべき状況が今だと思うの。何より、私が気になるのはあの虎よ」
傘井が指差した虎に目を向け、最初は眉を顰めていた冲方だったが、すぐに傘井の真意を察したようで驚いた目を傘井に向けていた。
「その可能性が?」
「高いと思わない?」
二人が何を話しているのか分からなかったが、幸善達の捜索に行く方向で話がまとまろうとしていることは分かった。傘井の言葉を受けた冲方の反応を待っていると、小さく冲方がうなずき始める。
「有間さんがいるのなら、今すぐに何か起きている可能性は少ないですが、万が一ということもありますし、その可能性があるのなら、急いで合流した方がいいでしょうね。分かりました。あの虎はこちらで引き受けます」
「よし。じゃあ、未散と水月さんは私と一緒にいなくなった四人の捜索ね」
「あのー…」
話がまとまり、傘井を先頭に水月と杉咲が歩き出そうとしたところで、皐月がゆっくりと手を上げていた。
「私も一緒に行っていいですか?」
「皐月さんも?」
「はい。私は戦闘向きじゃないですし、ここに残っていても足手まといにしかならないので」
「いや、さっきの気の盾は十分に活躍すると思うけど…」
「それに誰も行かないと沙雪ちゃんが寂しがるかもしれないから」
「有間さんが…」
最後の言葉はともかく、皐月の意思は尊重したいと思ったのか、傘井は頭を掻きながら悩んでいるようだった。残る予定の冲方は大丈夫なのかと語りかけるように目を向け、冲方は小さくうなずいている。
「よし、分かった。四人で行こう」
傘井を先頭に、今度こそ水月達は斜面を下り始める。ちらりと虎の方に目を向けてみると、相亀と牛梁が虎の動きを止めているところだ。
「そういえば、さっきの話ですけど、あの虎の何が気になったんですか?」
斜面を下りながら、水月が傘井に聞くと、傘井は体勢を整えながら振り返ってきた。ちょうどそこには獣道のような人も歩きやすい道が伸びており、傘井はそこを歩こうとしているようだ。
「それは…」
「虎がいること」
傘井が言い出すよりも先に杉咲が呟いていた。
「虎がいること?」
「日本の山の中に虎はいない」
「あ、ああ、そういえば、妖怪だから気にしてなかったけど、普通はそうだよね」
「あの虎が自然的にこの場所に生まれたとは思えない。そうなると…」
「誰かが連れてきた?」
「そういうこと」
傘井は杉咲が説明したことに不満げだったが、その説明に間違いはなかったようで、不満そうな表情のまま何度もうなずいていた。
「でも、虎の妖怪を山の中に連れてくるなんて、誰が…?」
「その可能性が…」
傘井が呟こうとした直後、歩いていた獣道沿いの草むらが揺れた。皐月以外の三人が咄嗟に刀を構え、皐月は傘井の後ろに隠れている。その間にも草むらの揺れは激しさを増している。
その一方で、草むらを揺らしている正体はなかなかに姿を現さなかった。そのことにだんだん痺れを切らした様子を見せていたのが杉咲だった。だんだんと表情に焦りが見えてきたかと思うと、やがて、耐え切れなくなったように走り出してしまう。
「待って、未散!?」
傘井は咄嗟に叫んでいたが、杉咲の動きは止まらなかった。揺れる草むらを斬りつけようと、刀を高く振りかざす。
その直後、草むらから腕が飛び出し、杉咲の刀を弾き飛ばした。その動きに杉咲は驚き、咄嗟に距離を取っている。その様子を傍から眺めていた水月達は杉咲の刀が飛ばされたことよりも、草むらから飛び出した腕の方に驚いていた。その間に、ゆっくりとその腕の持ち主が姿を現す。
それは熊だった。
「今度は熊!?」
そう言いながら、刀を構えた傘井も、水月達も、ほとんど同時に気がついていた。
「違う…そうじゃない…」
「傘井さん…この場合はどうするんですか…?」
「そうね。厄介なことになったわね」
四人が苦々しい表情をし、目の前の熊に目を向ける。その熊からは何も感じられない。獣独特の臭いはするが、それ以外には何もない。
つまり、そこにいる熊はただの熊であり、妖怪ではないということだ。
「先に言っておくけど、動物に対する攻撃は許可されていないからね。斬ったら、最悪クビだよ」
「面倒」
杉咲が刀を拾いながら、苦々しい顔をする。その様子を眺めながら、皐月はゆっくりと後退る。戦うような力を持っていない上に、攻撃できない動物が相手となると、皐月は邪魔にしかならない。
そう思っての行動だったが、そうして下がった先にある草むらが揺れ出したことで、話が変わっていた。
皐月が驚きと恐怖の目で草むらを見たまま固まっていると、そこから、ゆっくりと鹿が姿を現す。頭に角が生えたオスの鹿だ。
その姿にほっとしたのも束の間、鹿が頭を下げて、角で皐月を突き上げるように振るおうとしてくる。
「え…?」
その動きを皐月はゆっくりと目で追っていた。
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