虎の炎に裏切りが香る(9)
朦朧とする意識の中で、身体は必死に覚醒しようと働いていた。それは本能的な恐怖によるものかどうか分からないが、次第に幸善の頭は周囲の状況を映像や音として認識できるようになる。
ここはどこか。一瞬、疑問に思ってしまったが、それもすぐに思い出した。妖怪の存在が疑われる山の中だ。
どうして自分が倒れているのか。山の土を頬や掌に感じながら、幸善は思い出そうとするが、その記憶は場所の記憶と違い、すぐには出てこない。必死に思い出そうと、寝転んだまま頭を働かせるが、記憶が出てくる気配はなく、代わりに視界が鮮明になっていた。
その中で幸善より少し斜面の上に葉様が立っている姿を見つけた。そのすぐ後ろには同じように有間が立っていて、山の上の方をじっと眺めている。
何を見ているのか、と幸善が思い、顔を上げようとするよりも先に、音が情報として届いた。遠方から届いたと分かる爆発音。それを聞いたことで、幸善は自分に何が起きたのかをようやく思い出す。
(そうだ…目の前で爆発が起きたんだ…)
思い出すとすぐに幸善は立ち上がろうとしていた。どうやら、爆発に吹き飛ばされ、山の斜面を転がり落ちたようだが、幸いなことに幸善の身体に目立った外傷はない。さっきの爆発の原因は分からないが、何かが起きているのなら、早く戻るに越したことはない。そう思いながら、幸善は身体を動かした。
その直後、全身を激しい痛みに襲われた。起き上がろうとした幸善はその体勢のまま、その場に倒れ込む。どうやら、外傷こそないが、転がり落ちる際に全身を打ちつけたようで、簡単に動けるほどに幸善の身体は無事ではないらしい。
幸善が密かに苦しんでいると、有間が幸善のことに気づいたようだった。声をかけながら、幸善の傍まで駆け寄ってくる。
「目が覚めたんだね。大丈夫?」
「す、すみません。ちょっとうまく動けないです」
その姿を一瞥した葉様が一人で斜面を登っていこうとしていた。その姿に気づいた有間が慌てて止める。
「ちょ、ちょっと…!?葉様君…!?どこに行くの…!?」
「もちろん、戻りますよ」
「二人はどうするの…!?」
有間が手を動かしながら言ったことで、幸善は近くに佐崎も倒れていることに気がついた。寝転んだままの佐崎はさっきまでの幸善のように意識を失い、まだ戻っていないようだ。
「置いていきますよ。役立たずは邪魔にしかならない」
「そ、そんな…!?」
驚愕する有間の後ろで幸善は怒りに震えていた。その怒りを原動力に痛む身体で無理矢理立ち上がると、すぐに葉様に向かって歩き出す。その姿に軽く目を向けてきた葉様の胸倉を掴み、幸善は真正面から葉様を睨みつけていた。
「ふざけるなよ…!?」
「役立たずに役立たずと言って何が悪い?」
「それはいいんだよ…確かに今の俺は役立たずだ。戦える状態じゃない」
葉様の暴言を肯定したからか、葉様は少しの驚きを表情に見せていた。
しかし、幸善は怒りに震えている最中なので、その驚きも気にすることなく、葉様に見せつけるように指を伸ばした。その先には佐崎が倒れている。
「あの状態の佐崎を置いていくのか!?あんな無防備な状態で、何かがあったらどうするんだ!?」
「油断して気を失ったあいつが悪い」
「本気でそんなことを言ってるのか…?あいつがどんだけお前のために行動してたのか、お前は分からなかったのか!?」
「俺は何一つ望んでいない。あいつが勝手にやっていたことだ」
「お前…!?」
その一言に逆上した幸善は拳を構えたが、その瞬間に腕を襲った痛みによって、冷静さを取り戻していた。殴る体勢のまま固まった幸善を見つめ、葉様が表情を変えることなく、ぽつりと呟く。
「殴りたければ殴ればいい。俺の考えは変わらない」
その一言が冷静さを取り戻し、拳を下ろそうとしていた幸善の意識を引き戻した。自然と拳を握る力が強くなる。腕がどれだけ痛もうとも、このまま葉様を殴ってやろうかと、幸善は本気で考えてしまっていた。
その暴力的な思考を幸善の頭の中に残った冷静な部分が否定する。それでは葉様の考えと何一つとして変わらないと正論をぶつけてくる。
それでも、幸善の拳は下りてくれない。それどころか、拳を握る力がどんどんと強くなっている。
このまま、殴ろうかと再び幸善が思った直後、有間が慌てて声をかけてきた。
「ちょ、ちょっと…!?二人共、喧嘩は…」
有間の言葉が不自然にそこで途絶えた。そのことに幸善だけでなく、葉様も違和感を覚えたようで、一緒に有間のいる方に目を向ける。
そこで二人は驚きから目を見開き、動きを止めていた。
「えっ…?」
か細く消えていくように声を漏らし、有間の視線がゆっくりと下を向いていた。その目は自分の腹部、そこから飛び出た異物に向けられている。
次の瞬間、その異物が有間の腹部に入っていき、有間はその場に倒れ込んでいた。倒れ込んだ有間の向こうでは、さっきまで有間の腹部から飛び出していた異物が赤い雫を落としている。
その僅かな光で怪しく光る一品は幸善の見間違いでなければ刀のようだった。その刀を握った人物の顔を見て、幸善と葉様が呼吸を止める。
「佐崎…」
その一言を呟いたのが幸善と葉様のどちらなのか、幸善には分からなかった。
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