虎の炎に裏切りが香る(8)

 爆発による煙が視界を覆う中で、冲方は体勢を整えながら周囲に目を向けていた。他の人達が無事か確認したいが、辺りを覆っている煙が邪魔をして、姿がちゃんと見えない。


「全員、無事かい!?」


 冲方のその声が煙の向こうに消えたまま、数秒が過ぎる。そのことに、冲方の頭の中では最悪な想像が広がっていた。


 まさか、自分以外の全員が倒れたのか、と思いそうになった直後、煙の向こうから声が飛んできた。


「私は無事よ。他のみんなは?」


 そう答えてくれた傘井の声に冲方がほっとしていると、それに続く形で杉咲や水月、牛梁の声も聞こえてくる。どうやら、全員無事のようだと安堵しながら、浅河、美藤に続き皐月が声を出したところで、煙が晴れようとしていた。


 その直後、相亀が自分の無事を伝える声を出して、声がピタリとやむ。


「頼堂君がいない…?」


 冲方は周囲に目を向けるが、その場にいる人達の中に幸善の姿は確認できない。どこに行ったのかと思っていると、同じように周囲に目を向けていた杉咲が動揺した声を漏らす。


「啓吾も…いない…」


 その一言に続き、傘井や美藤も気づいていた。


「葉様もいないね…」

「沙雪ちゃんもいないよ?」


 先行する葉様の近くにいた四人がその場から姿を消していた。さっきの爆発が原因で吹き飛ばされ、逸れることになったのか、想像したくはないが、さっきの爆発で既にやられてしまったのか、冲方は考え始めてしまい、嫌な汗を掻き始めていた。


「探さないと…!?」


 さっきまで葉様が問題を起こしている中でも、冷静さを保っていた杉咲が焦った態度を見せていた。今すぐにも斜面を下りて、いなくなった人達を探しに行こうとしているが、その行動を牛梁が止める。


「放して…!?」


 杉咲が手を掴んできた牛梁を睨みつけながら、静かだが怒りの籠った声を発していた。その姿に牛梁は動揺することなく、杉咲の少し先を指差している。


「来るぞ」

「何が…」


 そう言ったところで杉咲だけでなく、冲方や傘井も気づいていた。二人は持ってきていた刀を咄嗟に抜き、杉咲と牛梁のいる前に飛び出す。


 その直後、遠方から火球が杉咲に向かって飛んできた。冲方と傘井が刀を振るい、その火球を切り払う。


「火!?」


 動揺したように美藤が呟いた直後、水月と杉咲も冲方達と同じように刀を抜いていた。相亀と牛梁は武器を持っていないので構えることはできないが、対処できるように身構えている。


 その中で有間という指導者を失った美藤達はただただ混乱していた。浅河が混乱した表情で、火球が飛んできた方向に目を向けている。


「何よ、これ…!?どうするの…!?」

「どうしよ…!?どうしよ…!?」


 立ち尽くしたまま、どうすることもできない浅河と、どうしたらいいか分からずにあたふたしている美藤の隣で、そっと皐月が二人の後ろに隠れている。


「ちょっと凛子!?あんたは隠れない!?」

「怖いから…」


「そこの三人!!身体能力の強化は!?」


 さっきまで美藤や皐月に揶揄われ、赤面しているばかりだった相亀がそう声をかけてきたことに、浅河達は驚いている様子だった。


「私は…ていうか、私達はそういうのはあまりうまくできなくて…」

「だったら、何か隠れられるものに隠れて!!」


 相亀の指示を聞いた浅河達が周囲に目を向ける。周囲に隠れられるものは木くらいしかないが、それで火球を防げるのか不安な気持ちが強かった。


 咄嗟に美藤が歩き出し、さっと相亀の後ろに隠れる。


「はあ!?何でこっちに!?」

「他に隠れられそうな場所ないの。お願いね、相亀君」

「いやいやいや!?」


 美藤の行動を見ていた皐月が美藤に続き、相亀の後ろに隠れている。そのことに動揺した相亀はさっきまで身構えていたはずが、今では明らかに隙だらけの格好になっていた。その姿に浅河が危険だと思った直後、遠方から猛烈な妖気の塊が飛んできていることに気づく。


「ちょっとあんた!?前!?」


 浅河の一言に赤面した相亀が前方に目を向けていた。そこには自分達に猛烈なスピードで近づいてくる火球があり、相亀は慌てて拳を振るう。


あっつッ!?」


 一瞬の熱に相亀は情けない声を出していたが、相亀の拳によって火球は払われ、誰にも当たることなく消えていた。その様子を見ていた美藤が焦りの混じった笑みを相亀に向ける。


「ナ、ナイス~…」

「ナイスじゃねぇーよ!?こうなるから、離れてくれよ!?」


 相亀が振り返りながら必死に抗議していたが、事態はそれどころではなくなっていた。相亀達三人の様子を見ていた浅河がその更に前方にいる冲方達の異変に気づき、咄嗟に相亀に声をかける。


「もう来てる!?」


 その叫びに気づいた相亀が振り返り、前方を向いていた。その瞬間に飛んできたものはさっきまでの火球とは違い、明確な形を持ったものだった。咄嗟に相亀は受け止めようとするが、その速度と、何より、表面の熱さに身体が拒絶反応を起こす。


アッチィ!?」


 咄嗟に相亀が受け流すように飛ばすと、その場にいる誰よりも高い位置に、相亀が受け止めたものが着地する。その時、ようやく相亀は姿を確認していた。


…!?」

「ちょっと待って…?嘘でしょ…?」


 虎と最も近い位置にいるのは浅河だった。

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