虎の炎に裏切りが香る(3)

 腰近くまで伸びた長い黒髪を三つ編みにし、黒縁の眼鏡をかけた女性がオドオドと困っているようだった。冲方より年上のように見えるが、年下と言われても信じられるくらいに、雰囲気は独特な幼さを醸し出している。


 その女性の前には三人の少女が立っていた。幸善と同年代くらいの女性で、それぞれ温度感は違いながらも、女性を困らせるようなことを言っているようだ。髪を短く肩にかからない程度に切り揃えた少女は快活そうな笑顔そのまま、明るくはきはきと喋っている。その隣で気だるげに振る舞っている少女は、快活な少女とは正反対で、三つ編みの女性と同じくらいに髪が長く、薄らと染めているように見えた。その二人の間に挟まれた少女は、その二人の中間と呼ぶべきか、どこか人間味が薄いと言うべきか、二人よりも口数が少なく、たまに口を開いても、喋っている途中から喋り終えるまでずっと無表情だった。


 それら個性豊かな女性四人が有間隊の面々のようだった。みんなをまとめ上げようとしている三つ編みの女性が二級仙人の有間沙雪で、それを揶揄う三人の少女が有間の下についた三級仙人だ。快活な少女が美藤びとうしずく、気だるげな少女が浅河あさかわ仁海ひとみ、無表情な少女が皐月さつき凛子りんこと言うらしい。


 美藤と浅河が有間を揶揄い、その発言に皐月が乗っかり、有間が困る。その様子は傍から見ている分には面白く、普段の幸善なら微笑ましそうに有間を見ているところだったが、今日はそちらに目を寄越すことはあまりなかった。それは幸善だけでなく、水月と相亀も同じようだった。既に三人から話を聞いていた牛梁が困ったような顔をしながら冲方に目を向け、同じように困った顔を返されている。


 その間も、幸善達三人の視線は一点に集中していたのだが、その当の本人である葉様は一瞥することすらなかった。


「あいつ…完全に無視してやがる」


 相亀が流石に苛立った様子で呟いている。それに同意するように声を漏らしながら、幸善は冲方に目を向けていた。


「申し訳ないですけど、冲方さん。俺はあいつと一緒に行動はできませんよ」

「いやいや、それは困るよ。今回はそういうことになっているから」

「そう言われても、分かり合えない奴と一緒に行動しても、別の争いになるだけです。そんな不毛な時間を過ごしたくありません」

「あの…」


 不意に声をかけられ、幸善達が振り向いていた。傘井や葉様のいた方向から歩いてきた人物は二人で、幸善達と同じくらいの年齢に見える少年と少女だ。軽く頭を下げながら、笑顔を向けてきていた。


「冲方隊の方々ですよね?この前はうちの涼介が問題を起こしたようですみません」


 幸善達の前で頭を下げた少年の姿を見て、幸善と相亀は驚いていた。


「コブラくらいの金髪じゃん!?」

「えっと…褒め言葉?」

「ううん。違う」


 幸善と相亀の反応は想定外だったようで、少年は困惑した笑みを浮かべていた。その後ろに立っている少女は少年とのやり取りを冷めた目で見ている。


啓吾けいご。名乗ってない」


 不意に少女が呟き、少年は気がついたようだった。途端に笑顔を戻して、幸善達を見てくる。


「確かに、俺達が誰かを名乗ってなかったね。俺は傘井隊の佐崎ささき啓吾です。この子は杉咲すぎさき未散みちる

「どうも」


 杉咲は少女然とした可愛い響きながらも、強い感情の籠っていない冷めた声で話していた。視線や表情も冷めた雰囲気で、幸善は必然的に距離を感じる。


「あ、俺達は…」


 佐崎の挨拶に幸善が答えようとした時、佐崎がそれを制するように手を伸ばしてきた。


「大丈夫。ちゃんと知っているよ。君が頼堂幸善君、相亀弦次君、水月悠花さん。君達三人が俺達と同い年で、涼介と逢ってることを菜水さんから聞いたから」


 そう言いながら、佐崎は苦い顔をしていた。その姿に幸善は髪の色の驚きが勝ってしまい、あまり聞いていなかったが、さっきの謝罪の意味をようやく理解する。


「それなら、別にあんたに謝られたって…」


 幸善がそこで言葉を躊躇った直後、傘井が佐崎と杉咲を呼びに来た。


「二人共、一旦向こうで集まるよ。冲方君のところも、一度挨拶をするでしょ?」

「分かりました。また後でね」


 佐崎が軽く手を上げ、杉咲は軽く会釈をしてくる。二人は傘井に連れられ、葉様や有間隊のいるところに戻っていく。その様子を眺めていると、幸善は不意に葉様と目が合った。その瞬間、反射的に睨みつけるが、葉様は無視するように、すぐに視線を逸らしてしまう。

 その姿が幸善の神経を逆撫でした。


「冲方さん。悪いけど、やっぱり、俺はあいつと一緒は嫌ですよ」

「珍しく意見が合うな。俺も一緒の隊の奴が謝りに来てるのに、一切顔を出す気配のない奴と一緒に行動したくはないですね」

「ちょっと二人共。そこは頼むよ」


 困った顔で冲方がお願いしてくるが、幸善と相亀の意見は変わる気配がなかった。


「二人共、これは仕事だぞ?」

「牛梁さんはあいつのことを知らないから、そう言えるんですよ」

「そうそう。性格を知ったら、一緒に行動するとか無理だって分かりますから。な、水月?」


 相亀が水月に話を振ると、困ったように笑う水月と目が合った。


「えーと…確かに葉様君の行動は問題があったと思うけど、これは仕事だからさ。そんな気持ちだけで断るのは…ね?」


 水月に正論を言われ、幸善と相亀は言葉を失っていた。あの時に一緒にいた水月が否定した上に、五人の内の三人が賛成側についたとなると、反対側にいた幸善と相亀の立場はなくなっていく。


「わ、分かった…」

「我慢します…」


 幸善と相亀は完全には納得していない表情だったが、取り敢えず、帰る事態にならなくて良かったためか、冲方は酷く安堵したように溜め息を吐いていた。

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