虎の炎に裏切りが香る(4)

 この規模の山の捜索となると、本来は冲方が言っていた通り、十人ほどの二級仙人に与えられる仕事だ。特に今回のように妖怪の存在はある程度予測されるが、姿も何も分かっていない状態だと、不確定な要素が多過ぎて、不慮の事故も発生しやすい。安全性を考えるなら、必然的に仕事は二級以上の仙人に与えられるはずであり、その二級仙人ですら集団での行動は余儀なくされるはずだった。


 それが今回は幸善を始めとする多くの三級仙人を含んだ混成部隊が捜索に当てられることになった。二級仙人でも十人ほどの人数が必要で、個々の力量にも依るが、分けられたとしても二組ほどにしか分けられない。

 それが三級仙人を含む混成部隊となると、必然的に全員が一緒に行動しなければ十分な安全性は確保できなくなる。


 しかし、そうしたら、当たり前の疑問が湧いてくる。


「全員で一緒に行動して、調査ってどうするんですか?」


 仕事を始める前に、その疑問を代表するように相亀が聞いていた。出発の準備を始めていた冲方がその疑問に、Q支部で渡された紙を示しながら答えてくれる。


「妖気が確認されたポイントがあったよね。ここを順番に回ってみる予定だよ」

「ああ、そうか。そこには少なくとも、妖怪が現れているってことですもんね」

「それに場所によっては妖怪そのものと繋がる痕跡が発見できる可能性があるからね。妖怪の姿が分からないと苦労もするから」


 その言葉に幸善は心の中でうなずいていた。相亀からの意見を参考にして、家でノワールを相手に妖気を感じ取る練習を続けていた幸善だが、未だに妖気を感じ取ることに成功したことはなかった。未だに妖怪かどうかを確認するためには、その妖怪自身に喋ってもらう必要がある。そのためには、妖怪の姿が分かっているかどうかが非常に大事になってくる。


「使えないな」


 刀を背負いながら葉様が呟いていた。その一言に相亀が怒りの目を向けている。


「何がだよ?」

「それくらいのことは質問しないでも分かることだ。その程度の質問をしないといけない時点でお前は使えない」

「何だ…!?」


 怒り出しそうになった相亀の前に立ち、幸善が葉様を睨みつけていた。


「これから一緒に行動するのに、そんな言い方はないんじゃないのか?」

「頼堂…お前、俺を思って…」

「確かに相亀は使えないが、オブラートに包むって言葉があるだろうが」

「おい」


 相亀のツッコミという名の蹴りが炸裂していた。幸善は不意の一撃に膝を突き、振り返って今度は相亀を睨みつける。


「何で蹴るんだよ!?」

「お前が使えないとか言うからだろうが!?」

「あー、何だよ。そんなことかよ」

「どこがそんなことだよ!?」

「分かったよ。訂正したらいいんだろ」


 幸善が立ち上がり、再び葉様に目を向ける。


「相亀は踏み台として便利だ!!」

「ぶっ飛ばすぞ!?」


 痣の一つはできそうなくらいの殴り合いを始めた幸善と相亀を見て、葉様は鼻で笑っていた。


「くだらない」


 それだけを言い残して、誰よりも先に山の中に歩き出してしまう。それを見た佐崎が困ったように溜め息を吐いていた。すぐに追いかけるように山に入っていき、その佐崎に傘井と杉咲も続いている。


「お先に」


 傘井はそう言いながら、冲方と有間に手を振っていた。


「はい。二人共、そこで喧嘩してどうするの?頼堂君とか、さっき言おうとしていたことと真逆の行動を取ってるよ」


 顔の一部を腫らした幸善と相亀の間に水月が割って入っていた。二人は情けない顔で水月を見て、揃って相手の顔を指差す。


『いや、こいつが…!?』


「今はそういう話をしてないよ。場所と状況を考えてよ。二人が喧嘩してると、冲方さんの評価が下がるよ」

「それは別にどうでもいい」

「冲方さんの評価が地についても問題はない」

「何で、そこだけ意見が合うの?」


 水月の介入によって冷静になった幸善と相亀が殴り合いをやめた直後、二人は背後から牛梁に頭を小突かれることになった。軽く小突いた程度かもしれないが、不意を突いていた上に牛梁の素の力は強いため、二人はなかなかの激痛に襲われ、涙目になる。


「う、牛梁さん?」

「顔を出せ」


 二人は不必要な殴り合いで腫らした顔を牛梁に手当てしてもらっていた。その間に準備の長かった有間隊の面々も準備を終えたようで、美藤の快活な声が聞こえてくる。


「じゃあ、沙雪ちゃんが先頭ね。何かあったら、私達の盾になって」

「ええっ!?」

「大丈夫。沙雪ちゃんなら、美味しい餌になれるから」

「そんな心配はしてないよ!?」


 そんな会話をしながら、山に入っていく有間隊の面々を見て、水月は苦笑していた。どうやら、有間隊も冲方隊と同じで、隊をまとめる人物の評価が低いらしい。


「そろそろ、行きますよ」


 牛梁の治療が終わるのを確認してから、冲方がそう言った。既に山の中に入った他の隊に続いて、幸善達も山の中に入っていく。


 こうして、まとまることのないまま、三つの隊による合同調査が始まった。

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