鷹は爪痕を残す(13)

 タカの亡骸はQ支部で供養してくれるようだった。タカの亡骸を連れてきたことで、今回の仕事は幸善達が達成したことになり、ボーナスも出るらしい。


 しかし、幸善達の気持ちは一切晴れなかった。どれだけのボーナスが出ようとも、死ななくて良かったはずのタカが死んでしまった事実は変わらない。そのことが幸善達の心に影を落としていた。


 葉様の考えは何度思い返しても、幸善には納得できないものだった。確かに場合によっては妖怪が人間に危害を加えることがあるのかもしれない。それは紛れもない事実だろう。

 だからと言って、全ての妖怪をそうだと断定するのは、あまりに軽率な考えとしか思えなかった。そうやって排他的に過ごしたら、人間と妖怪の関係は必然的に悪くなってしまう。ノワールのことから考えるに、奇隠が全ての妖怪を把握しているわけでもないはずだ。それくらいの妖怪を全て殺せるというのなら話は違うかもしれないが、現実的に考えて、それが不可能である以上は、妖怪との関係を悪くする葉様の行動は正しいとは思えない。


 何より、何もしていない妖怪を平然と殺せる心境が分からなかった。妖怪の声が分かってしまうからとか、そのような理由ではなく、幸善には妖怪を殺すこと自体が簡単にできることではない。仮にそれが必要だと誰しもが思う場面でも、幸善は妖怪を手にかけることができるか分からないくらいだ。


 何をするわけでもなく、話し合ったわけでもなく、ただ全員がすぐに帰りたくない気持ちだったからか、幸善達三人はQ支部の食堂に行き、そこでただぼうっとしていた。全員が同じことを考えているはずだが、誰も何も言うことはなかった。

 全員が殺されたタカのことと、殺した葉様のことを思い浮かべて、葉様の考えについて自分達なりの考えを探して、それで何も言えなくなっている。


 そこに話を聞きつけたらしい冲方がやってきた。三人の呆然とした様子を見て、目を丸くしている。


「どうしたの?大丈夫?」

「大丈夫…じゃないですね」

「何つーか、まだ処理できてないって感じです」

「傘井隊の葉様君だっけ?彼が君達の目の前でタカを…って聞いたよ?」

「そう…ですね。そうです。でも、私はその瞬間にショックを受けたわけじゃないっていうか」

「俺も、そうですね。タカが目の前で殺されたことよりも、あの時にあいつが言った考え方に、俺は何も言えなかった」

「そう。私も」


 水月と相亀の言葉に幸善も考えていた。本当はもっといろいろと言えることがあったはずだ。妖怪全てとの関係を悪くするかもしれない、はっきりとした悪手だと言ってやることもできたはずだ。


 それをしなかったのは思いつかなかったからではない。

 その程度の考えはとっくに考えて、その上で言っていると分かったからだ。葉様は強い覚悟を持って、自分の考えを押し通そうとしている。それに匹敵する考えは幸善にも、水月にも、相亀にも、誰にもなかった。


 ただ納得できない、気に食わないでぶつかっていいのなら、ぶつかること自体は簡単だが、相手の意見を正そうとする意思も、自分の考えを理解して欲しいという意思もなく、ただ拒絶しているだけのその程度のことで葉様が考えを変えるはずもない。

 間違っていると思っているのに、そのことをちゃんと強く否定できるほどの考えが自分達にないことが幸善達は何よりも辛かった。


「そんなつもりは微塵もないけど、もしかしたら、少しになっていたのかもしれないって思ったら、途端に情けなくなりました…」


 幸善の呟きに水月と相亀が揃ってうなずいていた。その呟きに冲方は見たことのないほどの優しい表情をして、三人を見てくる。


「それなら大丈夫だよ。君達の考えは次に進みたいって証拠だから。そこが終着地点だと思い込んで足踏みを始めてしまったら、その人が再び進み出すのは難しくなる」


 冲方の考えに幸善は顔を上げて、自分を見つめる冲方をじっと見つめ返す。


「足踏みを始めたんですか?」


 その一言に冲方はビクンと身体を震わせて苦い顔をしていた。


「そ、そんなつもりはないよ…」


 あまりに自信のない冲方の声に、水月と相亀が小さく笑っていた。その笑い声に釣られて小さく笑ってから、幸善は再び葉様のことを思い出す。


 葉様はどうなのだろうか、と考え始めると、いろいろなことが不思議に思ってきた。葉様の考えが生まれた理由もそうだが、葉様があそこまで嫌う妖怪という存在についても、幸善は未だに知らないことの方が多い。

 もしかしたら、自分はちゃんと考えていなかったのかもしれない。目を逸らしていたわけではないが、見ようともしていなかったことが多くあって、そのことを考えないといけない時が来たのかもしれない。それは魚梁瀬やなせ富美ふみの一件でも思ったことだ。


「あ、そうだ、冲方さん。一つタカのことで報告があるんですけど」


 不意に幸善が思い出し、そう言っていた。苦い顔をしていた冲方がそのままの顔で、幸善の方を見てくる。


「タカが最後に言っていたことなんですが。タカの故郷に虎が現れて、それを退治するために人を探していたって。その時はすぐに葉様が現れて気づかなかったんですけど、虎がいるって日本ではない可能性が高いですよね?」

「故郷に虎…確かに日本だとあり得ない状況だね」

「けど俺、タカの羽に焦げた痕みたいなものを見つけたんですよ。多分、あれは何かで焼けた痕だと思うんですけど」

「焼けた痕?」

「あのタカって異常なほどに止まってたんですよ。あれはてっきり、俺達を煽っているとか、妖術を使うためだと思ってたんですけど、その痕が原因で単純にとしたら、その行動にも納得がいくと思って」

「なるほど。そうしたら、海外からタカが渡ってきた可能性がなくなると」


 幸善がうなずくと、冲方は軽く考え始めていた。


「そうだね。どちらにしても、故郷にいる虎というのは気になるところだから、一度報告して、調べておいてもらうよ」

「お願いします」


 冲方がうなずいてから、幸善達に背を向けて、その場を立ち去ろうとしていた。


 その寸前、一度だけ立ち止まり、再び幸善達の方を向いてから、忘れていたように言ってくる。


「今回の仕事のボーナスは三人で分けていいからね。額は十万円らしいから」


 その一言を最後に残して、冲方は本当に立ち去ってしまった。今の話の流れで最後に金の話かよ、と思いながら幸善が水月と相亀に目を向けた瞬間、二人が眉を顰めていることに気がついた。


「ど、どうした?二人共、凄い顔をしているけど?」

「お前は気づかないのかよ?今、新しい問題が投下されたんだぞ?」

「え?」

「これはかなり重要な問題だよ。血を見ることになるかもしれない」

「え?そんなに?」


 水月と相亀の真剣な表情の一方で、幸善はその問題に一切気づけなかった。何があったのかと思っている間に、深刻そうな口ぶりで水月が言ってくる。


「ボーナスは十万円って言ってたよね?」

「ああ、うん。今、確定したよね。それが?」

「私達は三人だよね?」

「え?うん……あっ」


 幸善は気づいてしまった。この三人に投げられた新たな問題の存在に。


?」


 幸善達は顔を見合わせたまま息を呑む。次に動き出すのは新たな戦いの始まりだと、全員が理解していた。


 数秒後、食堂の中に声が響き渡っていた。


『最初はグー!!』

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