鷹は爪痕を残す(12)
呆然とする幸善がタカによって蹴られた衝撃のまま、地面に尻餅を突いていた。その中でタカに刀を振るった少年は冷静に刀を仕舞っている。タカの身体は支えを失ったことで地面に落ち、その上にぼとりと飛び上がったタカの頭が乗っかっている。
水月と相亀も幸善と同じように言葉を失ってしまったようで、その二つの音以外の音がその場からすることはなかった。
刀を仕舞った少年がタカを一瞥し、その場を立ち去ろうとする姿に、ようやく幸善は口を開くことができていた。
「どうして…何で、斬ったんだ…?」
「どうして?何で?」
少年が振り返り、幸善を不快そうに見てきた。
「危険な妖怪を斬ることは当たり前のことだ。お前も仙人じゃないのか?」
少年の決めつけられた言葉に、今度は幸善が不快さを表す番だった。
「危険って…そいつはただ、助けてくれる人を探していただけで…」
少年が現れる寸前にタカが話そうとしていたことを思い出し、幸善はそう口に出していた。表情には不快さと一緒に怒りも混じり始めている。
「そいつの話も聞いてないのに…!?」
「助けてくれる人を探していた?話を聞く?」
少年は幸善の言葉を理解できないという風に眉を顰めていた。ぶつかりそうになった時も鋭かった目つきが、今は更に鋭いものに変わろうとしている。
「お前は何を言っ…」
言葉の途中で不意に少年の表情が和らいだ。それから、すぐに嫌悪感を張りつけた表情で、幸善を睨みつけてくる。
「そうか。お前が妖怪の声を理解できると戯言を言っている奴か」
「ざ、戯言!?」
「戯言だ。妖怪の声を理解するなどあり得ない。それを信じる支部長も俺は信じられないな」
「戯言じゃねぇーよ!?俺は確かに妖怪の声を聞いているんだよ!?今だって、タカが話そうとしていたところだったんだ!?」
幸善は怒りのままに立ち上がり、少年に迫りながら声を荒げていたが、少年は至って冷静な態度のまま、ただ幸善を睨みつけていた。
「だから、それを誰が信じる?お前は動物と会話ができると急に言われて、それをすぐに信じるのか?それと妖怪の違いは何だ?」
少年が刀の柄で幸善の身体を突いてくる。近づいてきた幸善との距離を開けてから、再び立ち去ろうとしているのか、幸善に背を向けてきた。その姿に幸善が口を開きかけた瞬間、少年が背を向けたまま振り返り、幸善を見てきた。
「妖怪の声など分からない。奴らに真面な思考などない。理解できず、人間に害をなす存在など、全て消え去ればいい」
「何を言って…!?」
幸善が叫びかけた直後に少年が背を向けたまま、刀をタカに向けていた。
「捕まえたのはお前達の手柄だ。そいつはくれてやる。後は好きにしろ」
「ちょっと待て!?」
幸善の言葉を無視して、少年はすぐにその場を立ち去ってしまう。そのあまりに勝手な姿に幸善は抑え切れない怒りで一杯になっていた。
「何だ、あいつは!?」
膝を突いた幸善が怒りのままに地面を殴る。幸善の拳からは血が流れているが、それでも痛みを感じないほどに、幸善の怒りは凄まじかった。
「
不意に呟いた水月の言葉に、幸善は振り返っていた。
「傘井隊っていう、こことは違うところで活動している隊の一人だよ。妖怪嫌いで有名で、奇隠の中でも結構問題にされてるみたいだけど…」
「優秀で結果は出しているからな。今のところ、大きく咎められたことはないらしい」
相亀が幸善の前でタカの亡骸を優しく抱え上げていた。
「結果を出してるからって、そいつがどういう妖怪かも判断せずに、こんな風に殺して、それで許されるのか?」
突然現れ、平然とした態度でタカを斬った葉様のことが、幸善はどうしても信じられなかった。危険な妖怪がいたら被害が出る前に手を打つ。そのこと自体は仙人として当たり前のことなのかもしれないが、それでも判断する時間くらいは設けてもいいはずだ。あの一瞬で決める必要はなく、決められるとは到底思えない。
「彼にとって、妖怪の側に立てる頼堂君はきっと信じられない存在なんだろうね。だから、何一つとして聞くつもりがなかった」
「そんなの…!?そんなのは…」
ただの拒絶でしかない。そう言いたかったが、そう言ったところでタカが斬られた事実は変わらない。幸善は悔しさに唇を噛み締めながら、自分の胸に触れていた。
あの寸前、タカが幸善は蹴ったのは、きっと近づいてくる葉様に気づいたからだ。葉様の刀が万が一にも、幸善に当たらないようにタカは幸善を突き放した。
その行動の理由が分からない幸善ではない。
「なあ、こいつ。Q支部に連れていこうか。このままって訳にはいかないだろう?」
「そうだね」
相亀は着ていた制服の上着を脱いで、タカの亡骸を包んでいた。その隣まで歩いてきた水月が幸善に向かって手を伸ばしてくる。
「行こう、頼堂君。報告もしないと」
「……うん」
幸善は水月の手を掴み、ゆっくりと立ち上がる。それから、相亀がタカを包んだ上着を見て、再び唇を噛み締める。この時の幸善はまた自分の無力感に苛まれていた。
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