鷹は爪痕を残す(10)

「よし、それで行こう」


 水月の提案を聞いた幸善は即答していたが、相亀は全く納得していなかった。


「いやいや、待てよ!?俺は嫌だぞ!?」


 頑なに拒絶しようとする相亀に、幸善は小さな笑みを浮かべながら、その肩に軽く手を置く。


「いい加減、大人になれよ」

「何だよ、その上から目線は!?」

「まあ、


 幸善のニタニタとした嫌らしい笑いに、相亀はかなり苛立っているようで、全身をわなわなと震わせていた。更に気持ちを固めたらしく、再度水月を見た相亀が大きく、かぶりを振り始める。


「とにかく、俺は絶対に嫌だ!!」

「じゃあ、相亀君は何か策があるの?」

「策?それは、その……」


 水月の提案を拒絶していた時の饒舌さとは打って変わり、途端に相亀は口籠ってしまう。急に策と言われても、他に策を思いついているはずもないので、何も言えなくなったというところだろう。


「わ、分かった。仮に水月の作戦をするとして、俺の役割とこいつの役割を変えるくらいはいいだろう?」

「ダメだよ。頼堂君はまだ肉体の強化がちゃんとできないんだよ?相亀君の役割はそれがちゃんとできて、ようやくできることだから、相亀君じゃないとダメなんだよ」


 理路整然と説明されたことで相亀は完全に言葉を失っていた。悔しそうな表情をしているが、それは裏を返せば拒絶する方法がなく、悔しく思うことしかできなくなっているということだ。


「……分かった…やってやる…やってやるよ!!」


 ついに相亀が了承し、水月の提案した作戦を決行することに決まったことで、幸善達はすぐに準備に移っていた。水月の考えた作戦はタカが幸善達を気にしているという前提があって成り立っていた。この準備もその一つだ。

 この間にタカが逃げてしまえば、全てが無駄になる。その心配もあるにはあったが、水月が予定の位置につくまで、タカは幸善達の近くから飛び去る気配すらなかった。タカの目的は未だ不明ながらも、そのことは幸善達に好都合だ。

 幸善と相亀も予定の位置についたところで、水月からの着信に二人のスマートフォンが震える。それは作戦決行の合図であり、その直後には水月のスマートフォンから流れる着信音が聞こえていた。


 ついさっきのことだが、隠れていた水月に相亀からの電話があった際、タカに逃げられたと思った水月の考えとは裏腹に、タカは水月に向かって飛んできていた。あれがあの時だけの偶然でなければ、再び隠れた水月が居場所を教えるように音を立てることで、タカが水月のところまで飛んでくるかもしれない。

 ここからして、予想の上に成り立っており、その時点で相亀は心配だったのだが、この心配は杞憂になった。


 水月のスマートフォンから音が流れてすぐに、遠くの方を飛んでいたはずのタカが水月の隠れた場所に向かってきていた。

 その姿を確認するなり、今度はしっかりと刀を構え、水月が物陰で息を潜める。それは居場所が分からないようにするためではなく、タカがどのように水月が隠れているのか判断できないようにするためだった。


 実際、それは成功だったようで、狙い通りにタカは水月の正面から接近してくれていた。視界にタカが現れたことを確認するなり、水月は構えていた刀を大きく振り上げる。その刃は一瞬、タカを捕らえそうなほどに接近していた。


 しかし、タカは器用に空中で身体を回転させ、水月の刀を避けていた。今度は先ほどの余裕を持った感じではなかったが、それでも、水月の刀は空を切ることになってしまう。


 振るった刀によって体勢を崩し、水月が転びそうになっている間に、タカが壁に足をつけて、再び飛び去っていく。

 その直後、壁から生えたツタが水月の身体に絡まっていた。これにより、水月はタカを追いかけることができず、壁に身体を固定することになる。


 しかし、ここまでが作戦通りだった。水月はツタに手足の自由を奪われながらも、タカが飛んでいった方向に目を向ける。


 水月の隠れている狭い路地を通過すると、飛んでいく方向に制限がかかる。その先には再び自由な空が広がっているが、それはあらゆることに対して自由というわけではない。水月の隠れた路地を通過することで、飛行に対する制限は難しくても、それ以外のことに制限を設けることができる。

 水月が見つめる先でタカが街灯に止まっていた。それは水月の狙い通りの光景だった。


 水月の隠れた路地を抜けると、その先にはタカがさっきまで休憩する場所として利用していた街路樹が一本も生えていない。代わりにあるのは街灯くらいのもので、それも多くあるわけではなかった。

 その中の一つにタカが止まったのだが、そこが完全な狙い目だった。


 水月以上に慎重に、確実にタカにバレないように隠れていた相亀が、街灯に止まったタカを確認するなり飛び出していた。咄嗟のことに飛び立つことができずにいるタカに向かって、相亀は大きくジャンプして接近しようとする。


 あと少しでタカに触れる。タカを捕まえることができる。そういう距離まで相亀が近づき、精一杯手を伸ばした直後、タカは翼を広げて、街灯の上から飛び立ってしまった。完全に空振りした相亀が街灯の上に掴まり、悔しそうな顔をしながらタカを見た直後、街灯からツタが伸びてきて相亀を固定しようとしている。


 その瞬間、相亀が叫んでいた。


「ほら、やったぞ!!」


 その声を合図に、もう一人、その街灯の近くに隠れていた幸善が飛び出していた。その目的はタカではなく、たった今、相亀が固定されようとしている街灯だ。その上の相亀に向かってジャンプした幸善が相亀の肩に足を乗せる。


「ガイアはこういう気分だったのか…」

「この一瞬で、そういうツッコミ待ちみたいな発言はやめろ…よ!!」


 悔しそうに呟いた相亀に苦言を呈しながら、幸善は相亀の肩を踏み台にして、更に大きく跳躍していた。その先には飛び立ったばかりのタカがいる。


 いくらタカのツタが丈夫と言っても、一度に生えたツタで拘束できるのは一人が限界のはずだ。特に水月や相亀のように抵抗する仙人を拘束するなら、一人に絞らなければ難しい。一度、タカの触れた足場でも、既にツタが生えて誰かが捕まっている状態なら、再び足場として利用することができる。


 それが水月の考えた『』だった。


 幸善は加速する前のタカに向かって手を伸ばし、その翼を掴むことに成功する。


「なっ…!?」


 タカが鳴いたのか、幸善と同年代くらいの青年の声が聞こえてきていた。


「捕まえた!!」


 幸善は嬉しそうに叫ぶと同時に落下し始め、着地に備えるために足に気を動かしていた。


 冲方隊の同級生三人組による初めての公式の仕事は、こうして成功した。少なくとも、はそうだった。

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