鷹は爪痕を残す(5)
優雅に空を飛んでいるタカだったが、その見た目の優雅さとは裏腹に、かなりの速度を出していた。地上からタカを追いかけることになった相亀も、そのあまりの速さに追いかけるだけで精一杯で捕まえられる気配が一切ない。
それに気がついたら、相亀は一人でタカを追いかけていた。水月は竹刀袋に刀を入れて持ってきており、それを自由に振れる人気のない場所に先回りするため、相亀とは別行動を取ることになったのだが、幸善はそうではない。相亀と一緒にタカを追いかけて走り出したはずが、気づいた時には姿が見えなくなっていた。
恐らく、幸善はまだ身体能力の強化をうまく使えないので、途中でタカどころか相亀にも追いつけなくなり、今はかなり後方を走っているに違いない。
これがどこかの目的地に向かって走っているのなら、幸善を待つために立ち止まることも考えたかもしれないが、今の目的は移動するタカだ。そのタカに追いつけない幸善を待つ必要がない上に暇もないので、相亀は幸善のことは忘れてタカを追いかけることにしていた。
とはいえ、どれだけ走ってもタカの速度に相亀が追いつける気配はない。身体能力の強化で、無理矢理タカとの距離を詰めてもいいが、住宅街という場所から必要以上に目立つことだけは避けたい。後で記憶を消せるとしても、その作業の手間を考えるなら、見つからない方がいいに決まっている。ただ走っているだけでも目立ちかけている現状から、更に速度を上げることは無理だと思っていた。
しかし、このままだと一生追いつけないので、試しに気を飛ばしてみようかと考えて、相亀が手の中に気を集めてみる。残念ながら器用さが必要になる、物への気の移動はできなかったが、気の放出は以前にも見せたことがある程度にはうまく使え、身体能力の強化を行っている最中でも可能だ。
タカに向かって飛ばして、万が一にも当たったら、その時点でタカの捕獲はできたようなものだ。そう思いながら、相亀が気を飛ばした。
しかし、残念なことに相亀には器用さがなかったので、気を飛ばすことはできても、タカを狙うことはできなかった。明後日の方向に気が飛んでいき、タカがちらりとこちらに目を向けてくる。その視線が相亀を馬鹿にしているように思え、相亀は苛立った。
こうなったら、絶対に気を当ててやる、と意地になった相亀が更に気を手に集め、それをタカに向かって飛ばし始める。もちろん、冷静さを失った相亀に狙いを定めることができるはずもないので、気は最初の一発よりも大きく離れた方向に飛んでいくばかりだ。
それをしばらく続けていたら、当たり前のことだが、相亀の気は枯渇する。身体能力の強化に回していた気も足りなくなり、必然的に相亀の足は止まっていた。飛んでいくタカの背中を見送りながら、立ち止まった相亀は荒くなった息を整えようとする。
ようやく頭が冷静になり、タカに対して意地になっていたことが恥ずかしくなってくる。どうして、気を無駄にしたと少し前の自分を問い質したくなる。
しかし、タカが飛び去った今となっては関係なく、もう今から追いつくことも難しい。
さて、これからどうしようか、と考えながら頭を上げた相亀の目が、少し遠くにある街路樹に止まった。
そこにタカが止まっていた。
「あ」
相亀が思わず間抜けな声を漏らした直後、街路樹の上からタカが相亀を見てきた。その視線に相亀を馬鹿にしている様子を感じ、相亀は再び冷静さを失っていた。
「よし、分かった…そっちがその気なら、もう絶対に捕まえてやる!!」
やる気と仙気を回復した相亀は再び身体を強化して、タカの待つ街路樹に向かって走り出していた。タカは羽を休めているのか、相亀が近づいても、街路樹の上から動く気配がない。
それを更なる挑発だと受け取った相亀は街路樹に接近するなり、タカに向かって跳躍していた。身長を優に超える街路樹の枝に止まったタカに、相亀はたった一度の跳躍で一気に接近する。
後は手を伸ばすだけで、タカの身体に触れられる。それくらいの距離まで近づいた瞬間、タカが飛翔した。
「ああ!?」
相亀が叫んだ直後、相亀はさっきまでタカが止まっていた枝に思いっ切り身体をぶつける。枝は折れることこそなかったが、大きく軋んで街路樹全体を揺らしていた。
「逃げやがった!?」
枝に捕まりながら、飛んでいくタカを悔しそうに見送る。相亀の叫びもタカは聞く気がないようで、今度は一切こちらを見ることがない。
完全敗北。相亀はその事実に苛立ちながらも、既に遠くなったタカを追いかけることは難しく思えた。
取り敢えず、一度幸善と合流するか、と思いながら、相亀は街路樹から降りようとする。
そこで街路樹から伸びるツタが身体に絡まっていることに気がついた。
「あれ…?何これ…?」
試しに引っこ抜いてみようとするが、絡まったツタは街路樹と相亀を綺麗に結びつけて切れる気配がない。
「え?これ、取れない?」
ツタから抜け出そうとしてみるが、一切抜け出せないまま、相亀は街路樹の上でもがき続ける。
その間に遅れていた幸善が街路樹の下にやってきていた。
「お前、何、遊んでるの?」
「遊んでるわけじゃねぇーよ…いいから、追いかけろよ!?見失ったら、どうするんだよ!?」
呆れた顔で見てくる幸善に、相亀は恥ずかしく思いながら、必死に強がっていた。
「お前も早く追いかけろよ」
「分かったから、さっさと行け!?」
終始呆れた顔をした幸善が立ち去る姿を見送ってから、相亀は赤面したまま、両腕に気を集めていた。絡まって抜け出せそうになく、街路樹から引き抜くこともできないのなら、ツタ自体を引きちぎればいい。そう考えた相亀が強化した腕力でツタを引きちぎろうと左右に引っ張る。
そうしたら、同じだけツタが伸びた。
「ふざけんなよ!?」
相亀が少しだけ、幸善を先に行かせたことを後悔した瞬間だった。
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