鷹は爪痕を残す(6)
物陰に身を潜めた水月が竹刀袋から刀を取り出した。空を飛ぶタカは無理だが、タカのコース次第では地面と近くなる。その瞬間を狙って、刀を振るうことができれば、当たることは難しいにしても体勢を崩して落とすくらいならできると考えていた。
問題は水月のいるところにタカが来てくれるかどうかだ。大々的に刀を振るうことは全くできないわけではないが、その後の処理を考えるとできるだけ避けたい。水月が自由に刀を振るえるとしたら、必然的に人目につかないところであり、そのような場所にタカが飛んできてくれないと意味がない。
現在、水月が隠れている場所は住宅街の中でも人気の少ない路地なのだが、そこにタカが飛んできてくれる保証はないので、水月はただ待ちぼうけを食らう可能性もあった。
幸善や相亀と一緒にタカを追いかける手も一応はあった。だが、相亀ほどに身体能力の強化をうまくできない水月では、あの速度のタカを追いかけられるかは怪しいところだった。少ない可能性に賭けるくらいなら、刀を用いた攻撃の方が限定的ではあるが確実な手段だ。そちらを選んだこと自体は正解のはずだった。
水月はできるだけ呼吸を殺す。ここから、能動的にタカを探すことはできない。一瞬でも気配を悟られたら、タカは水月のいる場所を避ける可能性が非常に高く、そうなったら、水月は追いつく可能性の少ない直接的な追跡を行わないといけなくなる。その成功率の低さはここで待つ以上であり、水月達がタカを捕まえる可能性はないに等しくなる。
水月は息を殺したまま、スマートフォンの画面を確認した。幸善達と別れてから、時間にして二十分ほどが経過している。あのまま飛んでいたら、そろそろタカの姿が見えてもおかしくないはずだ。
しかし、タカは姿を現さない。
もしかしたら、追いかけていた二人が何かをして、想定よりも大きくコースを変えたのだろうか、と考え始めて、水月は途端に不安になる。
このままだと水月は役に立たないまま、タカに逃げられるかもしれない。
そうなったら、せっかくのボーナスが貰えなくなる。水月からすると、そこが一番重要だった。
もう少し移動して、違うポイントを探すべきか。そう思った水月が顔を出した直後、空に影を見つける。
咄嗟に水月は顔を隠し、できるだけ物陰に隠れながら、その影を凝視していた。
それは間違いなく、タカだった。この場所で問題はなかった。そう思うと同時に、この場所にタカが来てくれることを祈り始める。
せめて近くに来てくれれば、水月は身体能力を強化してからの跳躍で刀を振るうことができる。体勢を崩してさえいれば、その後の捕獲は簡単なはずだ。追いかけることは難しくても、それくらいのことは水月にもできるはず。
水月はタカの様子に目を向けながら、刀の柄を握っていた。これで、いつタカが来ても対応できる。物陰で息を殺しながら、意識をタカに集中する。
その集中を途切れさせるように、唐突にスマートフォンに着信があった。マナーモードにすらしていなかったスマートフォンは盛大に鳴り始め、そのことに驚いた水月はビクンと大きく身体を震わせていた。
このタイミングで誰だと思いながら、焦ってスマートフォンを取り出すと、画面には相亀の名前が表示されている。
「相亀君…!?何でかけてくるの…!?」
水月は若干怒りながら、電話に出ることなく、スマートフォンの電源を切っていた。
これで完全にタカに居場所がバレた。もうタカが飛んでくることはないとガッカリしながら、水月が物陰から出ようとする。
その直後、こちらに飛んでくるタカに気がついた。
「え!?何で!?」
水月は驚きながら、咄嗟に刀を構えていた。一直線に飛んでくるタカに向かって、すぐさま刀を振るう。
しかし、咄嗟に構えた体勢から放たれる一撃はあまりに安直だった。刀の軌道は簡単にタカに読まれ、タカはくるりと空中を回転しながら、水月の刀を避けていた。そのまま、水月を通り過ぎ、水月が隠れていた物陰の壁に足をつけて、跳躍するように奥に飛んでいく。
その姿を見送りながら、水月は急いで体勢を戻し、もう一度、タカに向かって刀を振るうため、足に気を動かして大きく踏み出そうとした。
そして、水月が動き出し、タカを背後から斬りつけようとした瞬間、壁からツタが伸びてきて、水月の手足と刀に絡まっていた。
「え!?え!?何これ!?」
急に身体の自由が利かなくなった水月は大きく体勢を崩し、伸びたツタを更に身体に巻きつけながら、地面に倒れ込んでしまう。
「これ、切れない…!?」
刀でツタを切ろうと試みるが、大きく振るうことのできない刀では、どれだけ頑張ってもツタを切ることができない。
「あれ?水月さん?」
そうしていると、いつのまにか、すぐそばに幸善が立っていた。ツタに絡まって、じたばたしている水月をきょとんとした顔で見ている。自分が見られていることを意識して、急に恥ずかしくなった水月は赤面しながら、幸善から大きく顔を逸らせる。
「助けようか?」
気を遣って聞いてくる幸善に更に恥ずかしくなり、水月は無言のまま、ぶんぶんと大きくかぶりを振っていた。
「わ、私は大丈夫だから!?早くタカを追いかけて!?」
「そ、そう…?」
幸善は困惑しながらも、何度も力強くうなずく水月に納得してくれたのか、水月をそのままにタカを追いかけ始める。その姿を見送ってから、水月は大きく溜め息を吐いていた。
「このままだと本当に役立たずだよ…」
水月は何とかツタから抜け出そうと思い、再び刀を握っていた。普通の刀で無理なら、仙気によって刀自体を強化してみたら変わるかもしれない。そう思いながら、水月は刀に気を動かして、鋭さを増した刃でツタを切りつける。
そうしたら、流石にツタも限界だったようで、簡単に切ることができた。自分の身体を傷つけないように気をつけながら、順番にツタを切っていくと、ようやく水月はツタから解放される。
「抜け出せた」
「あれ?水月?ここで何してるんだ?」
不意に聞こえてきた声に顔を向けると、今度は相亀が立っていた。その姿に水月はさっきのことを思い出し、今度は怒りで顔を真っ赤にする。
「相亀君!?何で電話をかけてくるの!?」
「え!?あ、いや…タカの使う妖術が分かったから、一刻も早く伝えようと思って…」
「タカの使う妖術?」
「そうそう。あいつはどうやら、ツタを使った妖術を使うみたいなんだよ」
そう胸を張って語ってから、相亀は水月の周囲に散らばったツタに気づいたようだった。
「あれ…?もしかして…?」
「もう知ってた」
「何か、ごめん…」
水月は再び溜め息を吐いてから、幸善がタカを追いかけていった方角に目を向けていた。
(ボーナス、厳しいかな…?)
水月は心の中で小さくガッカリしていた。
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