鷹は爪痕を残す(2)
ほんの思いつきだったが、相亀に任せてみたのは正解だった。幸善の特訓はこの数日、完全に停滞していたが、相亀からのアドバイスにより、ようやく進展が見られていた。
たまには思いつきで行動してみるのも悪くないな、と冲方は思いながら、Q支部の中を歩いていく。相亀に幸善の特訓を任せてみた翌日の午前中のことだ。
そういえば、と思い出し、不意に立ち止まったのはQ支部の廊下だった。他にも歩いていた仙人が突然立ち止まった冲方に眉を顰めながら、その身体を邪魔そうに避けていく。その中でも冲方は気にせずに思い出したことを確認するために、スマートフォンを取り出していた。
確認するのは牛梁からの連絡だ。届いてから既に数日が経過しており、冲方も一度目を通していたが完全に忘れていた。
「そうか…今日は牛梁君が来れない日か…」
牛梁がいないと万が一に対応できない。今日の幸善の特訓は休むしかない。
のだが、完全に忘れていた冲方はそのことを伝えていない。幸善達三人に知らせないといけない。
そう思いながら、冲方がスマートフォンを弄ろうとした直後、背中を誰かに叩かれた。あくまで軽く叩かれただけなのだが、完全に油断していた冲方はスマートフォンを落としそうになり、慌てて手を伸ばす。
「あ、危ない…」
「廊下の真ん中に突っ立ってたら邪魔でしょ?」
何とかスマートフォンを受け止めながら顔を上げると、相手の顔を確認するよりも先に頭を押さえつけられる。
「しかも、また寝癖。冲方君って本当に変わらないよね」
冲方に親しげに話してくる女性の仙人など限られている。それも冲方のことを冲方君と呼ぶ相手となると一人しか思いつかない。
「
名前を呼びながら手を押しのけると、傘井
「久しぶりだね。噂は聞いているよ。いろいろと活躍しているみたいだね」
「それはこっちも同じ。聞いたよ。冲方君の隊に例の子がいるんでしょ?」
例の子が幸善のことを指しているのはすぐに分かった。冲方隊に所属する仙人で、誰かに噂されるとなると幸善しかいない。
「まあ、いろいろあって」
「この後、暇?せっかくだから、お昼とか一緒にどう?その子のことも詳しく聞きたいし」
「ああ、いいよ。外に行く?」
「いや、久しぶりだから、Q支部の食堂で食べたい。そっちの方が話も気兼ねなくできるしね」
冲方は落とさずに済んだスマートフォンを仕舞ってから、傘井と一緒に食堂に向かっていく。その途中、傘井は冲方の着ているTシャツを引っ張り、苦笑いを浮かべている。
「冲方君って、センスも相変わらずだよね」
「ん?」
「いや、何でもない」
冲方は自分の着ている『たかし』と書かれたTシャツを見てから、傘井が何を言っているのか分からずに首を傾げていた。
その間に食堂に辿りつき、冲方と傘井は向かい合っての食事を始める。冲方はいつも通りに素うどんを頼み、傘井はオムライスを選んでいる。
「冲方君って、いつまで苦学生みたいな食事をしてるの?」
「いや、あんまり上に乗ってると、途中で食べるの疲れちゃうから」
「相変わらずだけど、それは直した方がいいかもね。服のセンスも」
「ん?」
「いや、何でもない」
食事を始めた一口目には、傘井が我慢できなかったように幸善のことを聞いてきていた。冲方は幸善の耳のことや仙技の才能を見せた話などを傘井にしていく。
「それで原因は分かったの?」
「それはまだだね。本部で調べてもらっているみたいだけど、返答がないみたいだから」
「何か分かったのなら、早く教えてくれたらいいのにね」
スプーンを加えながら傘井が上を向く。その姿を見ながら、冲方は噂に聞く傘井隊のことを思い出していた。
「そっちはいろいろとあるみたいだね」
「ああ、うん…」
傘井が今度は俯きながら、スプーンをオムライスにつける。そのまま、掬うことなく、しばらくオムライスを弄っている。
「傘井さんは悩んでいるんだ?」
「ちょっとね…でも、どう言ったらいいのか分からないんだよ、ずっと…ただ、二対一になっていないから、そこだけは救いかな…」
「賢い子がいるんだね」
「そう…賢くて優しい子がいるから、何とか、うちはやっていけてますよ」
少し投げやりになりながら呟く傘井の様子に、冲方は苦笑いを浮かべていた。その点で言うと、冲方隊の面々は仲の良さこそ曖昧ながらも、方向性は変わっていない。何かが起きたら、ちゃんとまとまって行動できるはずだ。
「そっちの子を見習って欲しいよ…まあ、活動場所が違うから、逢わないと思うけどね…」
「東の方だっけ?」
「そう。あ、でも、一人だけ近い子がいるよ」
「その子って?」
「問題の子」
「ああ、そうなんだ…」
冲方は苦笑しながら、うどんを啜る。少なくとも、幸善とは絶対に相容れないだろうな、と冲方は考える。
奇隠の仙人同士で余計な衝突は避けたいから、できるだけ逢いませんように。
そう祈る冲方は特訓が休みになった連絡を幸善達にしていないことをすっかり忘れていることに気づいていなかった。
そのことに気づくのは傘井との昼食を終えてしばらく、冲方隊に入った仙人としての仕事を連絡しようとした時のことだ。幸善達が既に放課後を迎えようとしている時間だった。
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