茜も葵も育っている(8)

 まだしばらく経過を見るという万屋を残し、幸善と牛梁は再び帰路を歩いていた。魚梁瀬が元気になったことは良かったが、幸善はいろいろと考えなければいけなくなっていた。

 仙技に、妖気を感じ取る方法の会得。幸善に足りないものは山ほどある。


「植物の妖怪。あれ、初めて聞きました」


 幸善はいろいろと考えている間に思い出したことを呟いていた。幸善の隣で牛梁は納得したように小さくうなずいている。


「植物の妖怪は発見された妖怪全体の一割にも満たないからな。それも性質上、発見されていないだけの可能性もあるが、基本的に奇隠で取り扱われることは今回のようなケースだけなんだ」

「性質上って?」

「植物の妖怪は行動を起こさない。動物の妖怪のように良くも悪くも人間と関わることが少ないんだ。だから、発見されることも少ない」


 そう言われれば確かにそうだ、と幸善は思った。今回もあの植物に棘がなければ、魚梁瀬は体調を崩すことがなく、何事もなく終わっていたはずだ。たまたま棘があったから、魚梁瀬に妖気の影響を与えてしまっただけで、植物自体が魚梁瀬に進んで攻撃しようとしたわけではなかった。


「何だったら、植物の妖怪を妖怪とするかどうかは奇隠の中でも議論されているくらいだ。たまたま植物が妖気をまとっていただけで、妖怪として扱うのは動物の姿をしている個体だけに限定するべきだとも言われているんだ」

「魚梁瀬さんの家にあった、あの花はどうなるんですか?」

「あのままだと同じことが起きる可能性があるからな。恐らく、奇隠が回収すると思う」

「そうなんですか…」


 あの花は植物だったかもしれないが、あの花をあそこまで育てたのは魚梁瀬のはずだ。そのことにモヤモヤとした気持ちが湧いてきて、幸善は表情を歪めてしまう。


「俺、帰ったら、仙技と一緒に妖気も分かるように特訓したいと思います」

「どうした?」

「俺が先にあの花が妖怪だって気づいていたら、魚梁瀬さんはあそこまで苦しまずに済んだかもしれない。そう思ったら、後悔してきて」

「そんなに気に病む必要はない。気づくべきという話なら、昨日の段階で俺や万屋さんが気づいておくべきだったんだ。少なくとも、知らなかった頼堂と違って、俺や万屋さんは知っていたんだからな。寧ろ、今日のあの早い段階で気づけた方を評価するべきだと俺は思う」


 俯きながら、ぽつりぽつりと呟く牛梁の様子に、幸善は少し驚きながらも、小さく笑みを浮かべていた。


「俺は牛梁さんのお兄さんがどういう人か知らないんで、牛梁さんがお兄さんのようになれるかは何とも言えないですけど、きっと牛梁さんなら仙医にはなれますよ」

「急に何だ?」

「いえ、何となく、そう思っただけです」

「そうか。ありがとう」


 牛梁が照れ臭そうに笑う姿を見ていると、途端に照れ臭くなり、幸善は頭を掻いていた。急に自分は何を言い出しているのだと思わずにいられない。


「さっきはああ言ったが」


 不意に牛梁が口を開き、幸善はビクンと身体を震わせていた。その様子に牛梁は空気を変えるように咳払いをしている。


「妖気のことだ」

「ああ、はい…」

「気に病む必要はないが、妖気を感じ取れるように特訓をすることはいいことだと思う。それが役に立つ瞬間もあると思うからな」

「やっぱり、そうですよね」

「頑張れよ」

「はい。頑張ります」


 幸善は思っていた。魚梁瀬のことで後悔はあったが、この二日間で仙医の仕事のことを知ることができ、牛梁とも距離を縮めることができていた。知らなかった植物の妖怪の存在も知れ、妖気を感じ取ることができるようにならなければならないと思えたことは大きな収穫だった。魚梁瀬も助けられなかったわけではない。

 そう思ったら、この二日間も貴重な時間だったように思えていた。


(あれ?そういえば、万屋さんが気づいて、探していた可能性が何か聞いていないな)


 不意に思い出したが、幸善は次の自分の特訓のことを考えていたので、そのことを牛梁に聞くことはなかった。

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