茜も葵も育っている(7)

 最後に別れた時の笑顔から一変し、魚梁瀬はベッドの上で苦しそうに眠っていた。再び魚梁瀬家を訪れた幸善と牛梁はその様子に固まってしまう。

 さっきまで、あんなに元気だったのに、どうして、と幸善と牛梁の頭の中で疑問が浮かんで消えてくれない。


「来たか、牛梁。手伝ってくれ」


 先に魚梁瀬家を訪れていた万屋に呼ばれ、牛梁は急いで魚梁瀬の元に駆け寄る。昨日と同じように二人は治療を始めているが、その様子は昨日と少し違うようだ。


「影響が強くなっている。前回と同じ薬で効くかどうか…」

「どうしますか?」

「体内に混ざった妖気じゃなくて、原因そのものの妖気を用いればいけるかもしれないが…」

「原因は分かってない…」


 二人の会話を聞きながら幸善も考えてみるが、あれから魚梁瀬が動物や虫と接触した可能性は考えても分かることではない。この家に現れる可能性のある動物や虫を考えてみても、そのどれが魚梁瀬と接触したか分からない以上、原因をすぐに特定することは難しい。


 幸善は魚梁瀬に目を向ける。あの状態の魚梁瀬をしばらく放置して原因を探しても問題がないのか、幸善には分からない。

 すぐに原因が見つかるといいのだが、そう思いながら、幸善は家の外に目を向ける。そこを通りそうな動物なら、野良猫とかになるが、魚梁瀬は虫も触ることがあると言っていたので、その可能性も捨て切れない。


 そう思っていたら、万屋の小さな呟きが聞こえてきた。


「これは何だ?」


 幸善が視線を戻すと、魚梁瀬の手を取った万屋が不思議そうに指を見つめている。


「傷?」


 そう呟いたことに幸善は思い出す。


「それなら、庭で育てている植物の棘が刺さったんですよ」

「棘?何で、お前が知っているんだ?」

「さっき俺と牛梁さんがここに来た時のことなんて。本人は大丈夫って言ってましたよ。それが?」


 幸善は不思議そうな顔をしていたが、万屋と牛梁は何かに気づいたらしく顔を見合わせていた。


「牛梁」

「はい」


 万屋の一声で牛梁は立ち上がり、幸善の顔を見てくる。


「頼堂。その植物がどれか教えてくれ」

「え?あ、はい」


 幸善は牛梁と一緒に庭に移動し、魚梁瀬が触っていた赤い花を指差した。


「それです」

「ありがとう」


 そう言いながら、牛梁は幸善の指差した植物に近づき、その葉や茎に触れている。その様子を見たことで、幸善は万屋や牛梁が何に気づいたのか理解していた。


「もしかして、その花が?」

「間違いない。宿。原因はだ」

「植物の妖怪…」


 妖怪は全て何かしらの動物の姿をしている、と聞いていた幸善からすると、ルールから外れた妖怪の存在は驚きでしかなかった。


 牛梁は葉を一枚千切って、すぐさま万屋のところに持っていく。驚きで固まっていた幸善もその後を追いかけると、万屋は渡された葉から妖気を採取しているところだった。その妖気から魚梁瀬に効く薬を調合するようで、万屋が持ってきていた道具を並べている。


「大丈夫なんですか?」


 幸善の隣にいた組谷が心配そうに呟いていた。そう思う気持ちも分からなくはなかったが、万屋と牛梁が全力で治療しようとしているのだから、幸善は二人を信じることにする。


「大丈夫です。あの二人ですから」


 幸善の言葉に組谷は怪訝そうな顔をしていたが、それ以上は何も言わなかった。


 その間に、万屋は薬を完成させ、昨日と同じように魚梁瀬の口元に塗っていく。牛梁の手は魚梁瀬の手を握っており、その手から手に気が移動している気配を幸善も感じる。


 その様子を眺めながら、幸善はまだ元気だった魚梁瀬との会話を思い出していた。嬉しそうに自分の育てた植物を見せてくれる魚梁瀬の姿に、幸善は強く後悔してしまう。


 もしも、妖気を感じ取ることができていたら、幸善はあの段階で植物が妖怪であることに気づき、今のように魚梁瀬がなることはなかったはずだ。


 喋るから分かると思っていたが、今回のようなことがあるのなら、それはただの怠慢でしかない。仙人としての基本を覚えなかった自分自身の怠慢が魚梁瀬を苦しめた。


 そうやって、幸善が自分を責めている間に、魚梁瀬の顔色はどんどんと回復していた。その様子に万屋や牛梁と一緒に幸善も安堵する。


 その一方で、どうしても消えない後悔が幸善の気持ちを固めていた。

 仙技もそうだが、できないことをこのまま放置していて良いわけではない。妖気を感じることも、仙技の会得も、全て早くできるようになろう。


 万屋が振り返り、組谷に目を向ける。


「これでもう大丈夫だと思います」


 その言葉が本当の意味で大丈夫と思っての言葉だと幸善は理解していた。

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