茜も葵も育っている(6)

「良かったですね」


 魚梁瀬家を後にし、帰路を歩く途中に幸善が呟いた。思い浮かべるのは、さっきまで自分達がいた魚梁瀬家でのことだ。昨日とは違った魚梁瀬の元気そうな姿に、幸善と牛梁は心底ほっとしていた。


「元気な姿を見れたのは良かったが、原因が分からないのはやはり気になるな」

「そういえば昨日、万屋さんは探してた原因を見つけたんですかね?」

「いや、特に変わったものは見つからなかったらしい」


 深く考え込むように俯きながら、牛梁は帰路を歩いている。前方くらいは確認した方がいいと幸善は思うのだが、牛梁の思考に自分の安全のことはないようだ。


「万屋さんと一緒に考えてみたらいいんじゃないですか?幸いなことに、魚梁瀬さんは元気そうでしたから」

「確かに。そうかもしれないな」


 牛梁は無駄に力の入っていた肩を落とし、少し笑いながら思考を止めている。その様子を見ながら、幸善はつい笑ってしまう。


「牛梁さんも真面目なんですね」

「どういう意味だ?」

「水月さんは冲方さんと一緒に特訓に付き合ってくれたし、相亀とはしばらくQ支部に行く時に一緒だったから、何となく、真面目な人だなとか分かってきてたんですけど、牛梁さんはどういう人か分からなかったんですよね。けど、何か魚梁瀬さんのことを考えている姿とか見ていたら、多分、冲方隊で一番真面目なんじゃないかって思って」

「意外だな。相亀のことを真面目って思ってたのか?」

「まあ、あんだけお互い印象悪い癖に、律義に向かいに来るところとか、馬鹿真面目だなって思ってましたよ」

「まあ、確かに」


 小さく笑ってから、牛梁は小さくかぶりを振る。


「真面目とかじゃないんだ。ただ考えていないと不安になるから。意味がなくても、つい考えてしまうんだ。もう少し万屋さんくらいに楽に考えられたら、と思う時の方が多いくらいだ」

「あの人は…どうだろう…?」


 仕事に対する意識とかが真面目なのは知っているが、そうだとしても、今の牛梁が万屋を見習うべきなのだろうかと、幸善は疑問に思った。


「そういえば、万屋さんは何をしてるんだろう?」

「あの人は医者だからな。普通に病院にいるとかだと思うが」

「ああ、そうか」


 あまり意識していないと万屋が普通の医者でもあることを忘れそうになる。仙医としての仕事を見た後で失礼だとは思うのだが、普段の振る舞いは藪医者風なのだから仕方がないと言い訳する。


「万屋さんも原因は考えていると思うが、あの近くに妖怪を奇隠は発見していないからな。原因の妖怪は未発見の妖怪の可能性もある。そうなると、必然的に被害は魚梁瀬さんだけにとどまらないかもしれない」

「そうか。その可能性もあるのか」


 幸善はベッドで寝込む魚梁瀬の姿を思い出す。あれと同じ状態になる人が他にいるかもしれないと考えると、確かに牛梁が原因を考え込んでいたことも分かる。


「一度、万屋さんみたいに俺達も探してみますか?」


 幸善の提案に牛梁は驚いた顔を向けてきた。少し考えた素振りを見せ、それから、ゆっくりとかぶりを振る。


「万屋さんの考えた可能性は俺達だけだと危ない。意図せぬ形で危険な状況になるかもしれない。それだけは避けた方がいい」

「その可能性って何なんですか?」

「それは多分、まだ教わっていないことだと思うのだが…」


 牛梁が何かを説明しようとしたところで、牛梁のスマートフォンに着信があった。牛梁は申し訳なさそうに断りを入れてから、スマートフォンを取り出し、画面を見ている。


「万屋さん…?珍しいな…」


 どうやら、電話の相手は万屋のようで、牛梁は怪訝そうな顔をしながら、電話に出ている。


「もしもし?今ですか?魚梁瀬さんの家からの帰りです」


 牛梁は周囲を見回しながら答えている。幸善は何を言っているのか聞こえないが、居場所でも聞かれたのだろうかと思いながら、話している牛梁を見守る。


「はい。はい。え…?」


 相槌を打っていた牛梁の表情が唐突に固まった。幸善がどうかしたのかと思っている間に、牛梁は万屋との話を終え、電話を切っている。


「魚梁瀬さんの家に戻るぞ」

「どうかしたんですか?」

「俺達が帰ってから、魚梁瀬さんの体調が悪化したらしい。あの後、組谷さんが魚梁瀬さんの家に行って見つけたそうだ」

「え?あんなに元気だったのに?」

「詳しいことは実際に見てみないと。既に万屋さんが向かっているらしいから、俺達も急ごう」

「そうですね」


 幸善と牛梁は歩いてきた道を走って戻り始める。幸善の頭の中では、さっきまで魚梁瀬家で見ていた魚梁瀬の元気そうな顔が浮かんでいる。

 あれから、まだ時間が経っていないのに、どうして、と幸善は考えながら、ただひたすらに足を動かしていた。

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