茜も葵も育っている(5)

 魚梁瀬家を訪れた翌日、約束通りに幸善と牛梁は再び魚梁瀬家に向かっていた。道中、牛梁が少し心配した様子で聞いてくる。


「今日の特訓は休んでも大丈夫だったのか?」

「ああ、何か、相亀の件で忙しいとかで、生返事でオッケーって言ってくれましたよ」

「それって大丈夫なのか?」

「まあ、理由のところは聞いているか曖昧でしたけど、重要な『休む』というところは喜んでたんで大丈夫だと思います」

「かなり大変なことになっているのか」


 牛梁が冲方のことを心配しているのか、少し不安そうに笑みを浮かべている。約束がなければ、自分も手伝うと言い出していたのかもしれない。昨日、ゆっくりと話してみて改めて思ったが、牛梁は顔に反して、優し過ぎるほどに優しい人だ。それくらいのことは言い出しても不思議ではない。


 そのことを思いながら、幸善が言葉を選んでいる間に、二人は魚梁瀬家に到着していた。牛梁は気持ちと一緒に表情を変え、幸善に目を向けてきてから、チャイムを鳴らしている。


「はい。どちら様ですか?」


 しばらく続いた沈黙に、不安になりながら待っていると、元気そうな魚梁瀬の声が聞こえてきた。そのことに幸善と牛梁は顔を見合わせ、安堵する。


「昨日来た医者の手伝いです。魚梁瀬さんの様子を見に来ました」

「ちょっと待ってくださいね」


 牛梁の返答にそう答えてから、魚梁瀬が家の外に顔を出した。昨日、初めて見た時のことを思うと、その顔色はかなり良くなっている。


「もう動いて大丈夫なんですか?」


 幸善が心配して声をかけると、魚梁瀬は笑顔でうなずきながら、力こぶを見せてくる。その様子に可愛らしい人だと思いながら、幸善は笑顔を返す。


「どうぞ。入ってください」


 外に立たせておくのは悪いと思ったのか、魚梁瀬が幸善と牛梁を家の中に招き入れてくれるが、幸善と牛梁は魚梁瀬の元気な様子を見られたことで満足しており、どうしようかと顔を見合わせる。


「そんな遠慮しないで。せっかく来たのだから、入ってください。ね?」


 そう言われたら断りづらくなってしまったのは幸善も牛梁も同じだったようで、二人は遠慮がちに頭を下げながら、魚梁瀬家に入っていた。


 リビングまで通されると、魚梁瀬が二人にお茶を淹れようとしてくれていた。病み上がりにあまり動かない方がいいと、幸善と牛梁は二人で止めたのだが、魚梁瀬は大丈夫だからと言って、二人にお茶を淹れてくれる。


「わざわざ、ありがとうね。本当に元気になったから」

「そのことなんですが、本当に心当たりはありませんか?動物や虫に噛まれたとか、刺されたとか、何か触ったとか、そのようなことは?」

「虫なら時々触るけど、それもテントウムシをつつくとか、それくらいですね。毛虫とか危ない虫は直接手で触れないように気をつけているし」

「そうですか…」


 やはり、原因は分からないのかと思いながら、幸善は家の庭に目を向けていた。今の魚梁瀬の言葉にあった虫を触るという部分が少し不思議だったが、その景色を見たら納得する。


「ガーデニングが趣味なんですか?」

「ええ、そうなんですよ。一人になってから、自由な時間が増えてしまって、気がついたら、たくさんね」


 照れ臭そうに笑いながらも、魚梁瀬は庭を愛おしそうな瞳で見つめている。幸善は仙技の特訓を続けていたりするが、一つのことを好きで長くやった経験はないので、その様子が少し羨ましく思える。


「さっきも、つい触ってて」

「まだ完全に治ったわけじゃないんですから、気をつけてくださいね?」

「そうですよね。それは分かっているんですけど、つい」


 叱られた子供のように笑う魚梁瀬を見ながら、本当に元気そうだと改めて幸善が安心していると、隣で牛梁が呟いてきた。


「大丈夫そうだから。やっぱり、今日はもう帰ろう。あまり長くいて、それで体調を崩してしまったら元も子もないから」

「そうですね」

「その前に…」


 牛梁が立ち上がる前に家の中を見回しながら、魚梁瀬に聞く。


「すみません。トイレをお借りしてもよろしいですか?」

「ああ、はい。大丈夫ですよ。そこの扉を出て、階段の隣にある扉がトイレですから」

「ありがとうございます」


 足早に歩いていく牛梁を見送ってから、幸善は再び家の庭に目を向けていた。牛梁のトイレを待つ間、少し見てみようと思って席を立つと、魚梁瀬がついてくる。


「興味がありますか?」

「えっと、興味があるっていうか…俺って特別好きなことがないんで、誰かが好きなものが気になるんです。魚梁瀬さんはどうしてガーデニングを?」

「きっかけは…何だったかな?昔から花とかは好きだったんですよ。綺麗じゃないですか、これとか」


 魚梁瀬がわざわざ庭に出て、その中の一つの花を幸善に見せるように持ってくれている。その赤い色の花の美しさは植物に疎い幸善でも、流石に分かるくらいだ。


「確かに綺麗ですね」

「そうでしょう。痛っ…」

「だ、大丈夫ですか!?」


 突然、顔を歪めた魚梁瀬を心配した幸善が駆け寄ると、魚梁瀬はすぐに笑いながら、幸善を止めている。


「ああ、大丈夫ですよ。棘が少し刺さっただけですから。あとで絆創膏を貼ったら、もう安心」


 そうやって笑いながら話す姿に、幸善はほっと胸を撫で下ろしていた。


 ちょうどその時、牛梁がトイレから帰ってくる。


「頼堂。そろそろ、帰ろうか」


 牛梁がそう言いながら、魚梁瀬に頭を下げている。


「お邪魔しました。俺達はそろそろ失礼します」

「そうですか?」

「はい。お身体にお気をつけください」

「ありがとうございます」


 柔らかな笑顔の魚梁瀬に見送られながら、幸善と牛梁は魚梁瀬家を後にする。その元気な姿は幸善と牛梁の方まで元気にさせられたようで、二人は何も言っていないのに小さく笑みを浮かべていた。

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