茜も葵も育っている(4)
幸善と牛梁は帰る方向が同じこともあり、魚梁瀬家から揃って帰ることになったのだが、その道中は沈黙に包まれていた。普段から牛梁と喋ることは少ないのだが、今は万屋のこともあって、いつにも増して口数が少なかった。
万屋が何を調べているのか、万屋は教えてくれなかった上に、牛梁はそれどころではない感じで、幸善は気になっているのだが、その話をしてしまうと、牛梁は更に気にして、万屋のことをここから探すと言い出しかねない。
万屋が二人に来ないように言っていたからには理由があるはずだ。ここで牛梁が万屋を探し出すことは止めた方がいいはず。
そう思った幸善は違う話題を出そうと考えた。そうしたら、万屋のことを考えないで済むはずだ。
幸善は牛梁と何を話そうかと考え、牛梁と何を話したらいいのか分からないことに気づく。牛梁が仙医を目指していることくらいは知っているが、それ以外の情報を持っていないので、牛梁と共有できる話題があるのか分からない。
そのことに最初は頭を抱えそうになったが、すぐに何も知らないなら、そのことを質問したらいいと気づいた。
試しに牛梁が仙医を目指していることから聞いてみようと思う。
「牛梁さんって、どうして、仙医になろうって思ったんですか?」
幸善が質問を投げかけると、牛梁が少しして幸善に視線を向けてきた。幸善は多少の気まずさを抱えながらも、笑顔を向けてみる。その笑顔に牛梁は柔らかな笑みを返してくれる。
「俺には兄がいるんだが、その兄の影響なんだ」
「お兄さんの?お兄さんも仙医ってことですか?」
「そう。牛梁
牛梁の表情は普段見たことないくらいに優しいものになっていた。普段は人を殺していそうなくらいの強面だが、今は盗みを働いていそうなくらいの強面になっている。
「その人はどんな仙医なんですか?」
「兄は変わり者で有名だった」
「変わり者?万屋さんよりも?」
「多分、兄の方が変わっている。兄は普通の仙医が診ることのない妖怪を治療していたんだ」
「妖怪の治療ですか?他の仙医はしないんですか?」
「妖怪の身体は基本的に動物だからな。獣医とか、そういった医者が診ることはあっても、仙医がわざわざ診ることはないんだ。妖気の影響を受けることもないからな」
「ああ、そうか。妖気が原因の病気とか怪我とかを見るなら、その可能性がない妖怪を診る必要はないのか」
「そうだ。けど、兄は妖怪の治療をしていたんだ。だから、奇隠一の変わり者と呼ばれていた」
ただでさえ変わり者の多そうな組織なのに、その中でも注目されるくらいということは、妖怪を治療する仙医というのはよっぽどなのだろうな、と幸善は思った。まだ仙人や妖怪に完全に慣れたわけではない幸善からすると、その違いがはっきりとは分からないのだが、それくらいの想像はできた。
その兄に憧れたと語る牛梁も、きっとかなりの変わり者なのだろうな、とそのことも分かる。
「そのお兄さんはQ支部に?」
「いや、今は仙医としての腕を買われて本部にいる」
「それなら、その変わり者のお兄さんの医者としての腕は確かってことですね」
「そういうことだ」
それなら、確かに憧れる気持ちも少しは分かるか、と幸善は思っていた。牛梁も、その兄も、変わり者であることに違いはないと思うが、そこにある気持ちの全てを理解できないわけではない。
そのことで、もしかしたら自分も変わり者なのかもしれない、と幸善は気づく。
「俺はいつか兄のように、自分が救いたいと思った人を救える仙医になりたいと思っている」
そう呟いてから、牛梁の表情が少し曇ったように見えた。
「どうしたんですか?」
「いや、魚梁瀬さんのことを思い出した」
「それなら、顔色も良くなってたし、大丈夫なんじゃないですか?」
「確かに今はそうだが、また体調を崩すかもしれない。特に今回は原因がはっきりと分かっていない。万屋さんの考えていることがどうかは分からないが、原因が分からない点は問題だと思う」
再び牛梁が考え込み、沈黙が幸善達を包み込もうとしてくる。その気配を感じ取った幸善がすぐさまに口に出していた。
「それなら、様子を見に来ますか?また今度…明日でもいいですし」
「様子を?」
「はい。元気な姿を見たら、牛梁さんも安心できますよね?」
幸善の問いに牛梁は軽く笑いながら、うなずいていた。その様子に幸善は安堵しながら、牛梁に兄である牛梁葵のことを聞いてみる。兄弟の関係やどのタイミングで憧れたのか、牛梁の知らなかったことを知っていくために、一つずつ聞いていく。
そのこともあって、牛梁と別れる場所につくまで、幸善達は沈黙に包まれることがなかった。そこで翌日に魚梁瀬家を訪れる約束をして、二人は別れる。
その後、幸善は翌日の仙技の特訓を休むと冲方に伝えるため、電話をかけていた。
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