茜も葵も育っている(3)

 万屋は魚梁瀬の身体に触れて、まずは体調不良が妖気の影響に因るものなのかを確認しようとしていた。幸善にはその手段が分からないが、万屋と牛梁の会話を聞くに、そのことは間違いないはずだ。

 離れていても分かるくらいに、万屋の手の中で仙気が動いていた。それをどのように利用しているのか分からないが、微かに万屋が呟く。


「どうやら、間違いないみたいだな」


 万屋が魚梁瀬に顔を近づけ、魚梁瀬の意識を確認している。魚梁瀬は顔色も悪く、呼吸も荒いが、眠っているわけではなく、万屋の顔に目を向けていた。


「少し話せますか?」


 万屋が問いかけると、魚梁瀬が小さくうなずいている。その表情はとても苦しそうで、その表情を見た牛梁が表情を強張らせているのが分かる。


「最近、動物や虫に噛まれたり、刺されたりした覚えはないですか?」


 万屋の質問を聞いてから少し間はあったが、魚梁瀬が小さくかぶりを振る。その姿に万屋は眉間に皺を寄せていた。


「それでしたら、変わった動物と触れ合ったことは?」

「いえ…最近逢った動物と言えば、野良猫くらいしか…」


 万屋は小さく俯きながら考え込んでいる様子だった。何かぶつぶつと言っているが、小さくかぶりを振ってから、隣にいる牛梁に目を向けている。


「薬を準備する。お前は仙気による回復補助を頼む」


 牛梁はうなずいてから、魚梁瀬の手を取っていた。その直後、牛梁の身体から仙気が移動し、魚梁瀬の身体に入っていく気配を感じる。


 不意に思い出したのは、水月から同じことをされた時のことだった。あの頃はまだ仙気の扱いも分からない時であり、あれがきっかけで仙気を感じることができるようになったのだが、あの現象は普通の反応ではないと言っていた。

 あれから、初めて仙気を人の体内に入れている様子を見ているが、あの時のような現象は確かに起きる気配がない。


 そう思っている間に、万屋は薬を取り出していた。魚梁瀬の身体に触れながら、分量と配分を調整しつつ、いくつかの薬を混ぜ合わせているように見える。


「これくらいか…」


 やがて、万屋は準備した薬を魚梁瀬の口元に塗っていく。


「それは?」

「吸い薬です。呼吸をするだけで薬が体内に入るので、飲み薬を飲めない状態でも使えるものです」


 万屋に質問した組谷は聞いたことのない薬に怪訝な顔をしていたが、それは幸善も同じことだった。本当に大丈夫なのかと一瞬心配な気持ちになる。


 しかし、流石に幸善の心配は杞憂だったようで、少しずつだが魚梁瀬の顔色が良くなっていく。その様子を眺めてから、万屋は満足そうにうなずいていた。


「もう大丈夫だ」


 万屋が牛梁に声をかけると、牛梁は安心したように息を吐いてから、魚梁瀬の手を放している。


「これで大丈夫だとは思いますが、まだしばらく様子を見ていてあげてください。何かあれば、私のところにご連絡をお願いします」

「はい。ありがとうございます」


 頭を下げる組谷に恐縮しながら、万屋は幸善に近づいてくる。


「お前は牛梁と一緒に帰っていいぞ」

「え?万屋さんは?」

「俺は少し周囲を調べてくる」

「どうして?」

「魚梁瀬さんに聞いてみたんだが、原因となる妖怪との接触が確認できなかった。原因が分からない以上は完全な治療ができない。また体調を崩す可能性がある上に、その原因と再度接触して体調を崩す可能性もある」

「それなら、俺と牛梁さんも手伝った方がいいんじゃないですか?」

「いや、その必要はないと思う。三人で探して見つかる妖怪なら、奇隠が既に把握しているはずだ。俺はを探してみる。それはお前達がいない方がいい」

「どういうことですか?」

「気にするな。仙技も真面に使えないのに知ることじゃない」

「何か、凄く馬鹿にされている気が…」

「心配しているだけだ」


 その意味深な言葉だけ残し、幸善と牛梁は魚梁瀬家の前で万屋と別れることになった。そのことを一緒に残された牛梁に聞くと、牛梁は表情を曇らせ、万屋の立ち去った方向に目を向けていた。


「まさか…」

「何か知っているんですか?」

「いや、何でもない。どちらにしても、俺達は関われない話だ」


 牛梁もその意味深な発言をするだけで、結局、幸善は説明されることがなかった。

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