人鳥は愛に飢えている(10)

 相亀の報告を受けた冲方が動いてくれたようで、三人の男を相亀が捕まえた翌日には、Q支部にてペンギンを引き渡すことが決まっていた。どうやら、男達から引き出した情報により、ペンギンが連れてこられた国が判明し、その国に帰すようだ。該当する国の奇隠の支部が協力してくれるらしい。

 Q支部にはペンギンを連れた相亀と話を通してくれた冲方、それから水月が集まり、ペンギンを見送ろうとしていた。今日は幸善の特訓が休みだったらしく、幸善と牛梁は別件もあって、Q支部には顔を出せないらしい。


 ペンギンを引き渡す段階になり、相亀はペンギンに離れるように告げたが、出逢ってからの経験通り、相亀から離れてくれる気配はない。仕方ないと思いながら、相亀はペンギンが離れてくれるように嘘をつくことにする。


「ご飯にするから離れて」


 この言葉なら離れてくれる、と相亀は思っていたのだが、その時のペンギンは相亀に抱きついたまま、離れてくれる気配がなかった。何か小さな声で鳴いているようだが、幸善がいない状況では何を言っているか分からない。

 相亀が困ったように頭を掻きながら、ペンギンを見下ろしていると、水月が相亀に抱きついたままのペンギンに微笑みながら呟いた。


「離れたくないんだよね。好きなんだもんね」


 ペンギンは水月に目を向け、こくりと小さくうなずいてから、再び相亀に顔を埋めてくる。人生で一番と言えるくらいに相亀は異性から好意を示されているが、いくら妖怪でもペンギンを飼うことはあまりに難し過ぎる。相亀がこれ以上の世話をすることは現実的ではない。


 しかし、誰かから離れたくないという気持ちは相亀にも分かることだった。別れる辛さは嫌というほどに知っている。それはきっと水月も同じはずで、だからこそ、ペンギンに声をかけたのだろう。

 相亀はペンギンの頭に手を置き、軽く撫で始める。


「ごめんな。ずっと一緒にはいられないんだ。ただこれが最後じゃないから。それだけは約束する。だから、今は我慢してくれ」


 相亀に抱きついたまま、ペンギンが相亀の顔を見上げてくる。その顔に相亀は笑顔を返す。


「また逢えるから」


 その一言に安心してくれたのか、ペンギンは相亀にしばらく抱きついた後、ゆっくりと離れてQ支部を去っていった。その姿を見送りながら、少しだけ相亀は寂しい気持ちになってくる。少なくとも、ペンギンがいる間は一人ではなかったことに、その時になって気がついた。


「帰っちゃったね」


 水月の言葉を聞きながら、相亀は今回の騒動が終わったことを実感する。


 ペンギンが帰ってしまったことは少し寂しいが、ペンギンを連れていたことで東雲からの評価が少し上がったことは振り返ってみると良かった、と相亀は思っていた。これで東雲に尾行されたり、厄介な勝負を吹っかけられたりすることがなくなり、相亀は穏便な学生生活を過ごせるはずだ。


 そう思って迎えた翌日、相亀は学校で早速、東雲と顔を合わせることになってしまった。幸善、我妻、久世のお馴染みの三人を引き連れた東雲が相亀の顔を見て止まり、しばらく考えてから相亀に近づいてくる。


 まさか、また勝負でも吹っかけてくるのか、と相亀は嫌な予感に襲われていたが、それを払拭するように東雲は相亀の手を取っていた。急に手を握られたことに相亀は動揺し、赤面しながら東雲を見ると、東雲は真剣な表情で言ってくる。


「今度、動物と仲良くなる方法、教えてね」


 それだけ告げると満足そうに立ち去る東雲を見て、相亀は取り敢えず、厄介なことはなくなったと確信していた。


 しかし、それも一瞬のことだった。


「今、東雲さんと普通に話していたよね?」


 唐突に背後から声をかけられたことに驚きながら相亀が振り返ると、いつのまにか相亀の背後に久世が立っていた。満足そうに立ち去る東雲と、その東雲を追いかける幸善と我妻を見ながら、久世は相亀に近づいてくる。


「何かあったの?何があったの?何を話したの?教えてよ。ねえ?ね?」


 久世は相亀にどんどんと近寄りながら、相亀の顔に顔を近づけてきていた。相亀の顔を覗き込むように動かしている久世の顔を押しのけながら、相亀は必死に「何もなかった」と言い張るが、久世は納得する気配がない。


「嘘だ?本当は何かあったんだよね?何があったの?気になるから教えてよ」


 あまりの久世のしつこさに相亀は顔を引き攣らせながら、心の中で絶叫する。


(めんどくせぇー!?)


 東雲がそうだったように久世のしつこさも緩和しないかと、相亀は帰ったばかりのペンギンを呼び戻すことを本気で考えてしまっていた。

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