茜も葵も育っている(1)

 頼堂らいどう幸善ゆきよしの仙技の特訓は未だに続いていた。仙気の扱いには慣れてきたが、例えば相亀あいがめ弦次げんじのやっていた仙気を飛ばすことも、微かに触れたことが分かるくらいの量しか飛ばせず、仙技として十分なものにはなっていなかったからだ。


 そのことに関して、冲方うぶかたれんが新しい方法を考えていると言っていたのだが、その新しい方法を試すと言われていた当日、演習場を訪れた幸善に冲方は笑いながら言ってきた。


「ごめん。あの方法だけど、今日は無理になったよ」

「はい?」

「まあ、また今度だね」


 冲方は暢気に言ってくるが、仙技の特訓を開始してからしばらく、そろそろ会得しないと大変なことではないのか、と思い始めている幸善からすると、その暢気さで大丈夫なのかと不安になってくる。


「取り敢えず、今日はいつもと同じ感じでやろうか」


 冲方が演習場にやってきた段階で、演習場には幸善の他に、水月みなづき悠花ゆうか牛梁うしばりあかねが揃っていた。相亀はいないが、いない理由に心当たりがあるので、幸善は特に疑問に思っていない。

 そう思ったところで、幸善は気になることを思い出した。


「そういえば、ペンギンがどこから逃げ出してきたのか分かったんですか?」

「分からなかったよ。この後も探してみようと思うんだけど、もしかしたら、この近くじゃないのかもしれないね」

「遠くから来たとかあり得るんですか?」

「可能性は低いと思うけど、もうそれ以外に考えられないからね」


 今もペンギンの妖怪と一緒にいるはずの相亀のことを考え、大変そうだな、と他人事に思ってから、幸善は特訓を始めることにした。


 いつものように仙気を体内で動かし、体表に出したり、手から飛ばそうとしてみたり、様々なことをしながら、十分ほどが経ったところで、演習場を訪ねてくる人物がいた。

 仙医の万屋よろずや時宗ときむねだ。その姿を真っ先に見つけた水月が万屋に近づいていく。


「どうしたんですか?」

「ちょっと用があってな」


 その会話を聞きながら、特訓を中断された幸善は万屋から聞いていない話があることを思い出していた。


「もしかして、どうして妖怪の声が聞こえるのか分かったんですか?」

「あ、いや、それはまだだ。一向に本部からの返答がない。本当に調べているのか怪しいくらいだな」

「まあ、別に支障があるわけじゃないからいいんですけど、調べるくらいはしておいて欲しいですね」


 幸善が苦笑している隣で、水月は首を傾げている。


「じゃあ、どうしてわざわざ?」

「牛梁を呼びに来たんだ」

「牛梁さんを?」

「珍しいケースの患者が出てな。仙医を目指すなら、牛梁も見ておいた方がいいだろう?」


 珍しいケースの患者。それだけの言葉では幸善は良く分からなかったが、水月は分かったのか小さくうなずいていた。


「ああ、そうなんですね。最近はあまり聞かなかったのに」

「まあ、それだけ奇隠が機能していたってことだな」

「どういう話ですか?」


 二人の会話に幸善が首を傾げていると、水月が気づいた顔をした。


「そうか。頼堂君は知らないのか」

「え?何か、マウント取られるパターン?」

「いやいや、そんなことしないって」


 水月が苦笑いを浮かべながら、幸善の言葉にかぶりを振っている。その間に万屋は牛梁を呼んでいた。


「牛梁、珍しい患者だ。一緒に行くだろう?」


 それだけの言葉で牛梁と冲方も理解できたらしく、牛梁は冲方に目を向け、冲方は軽くうなずいていた。


「ご一緒させてもらいます」

「簡単なことなら手伝ってもらうかもしれないから、そのつもりでな」


 結局、幸善は何か分からないまま、牛梁と万屋が演習場を立ち去ろうとしている。その寸前、冲方が幸善に声をかけてきた。


「頼堂君も一緒に行ってきたらいいよ」

「え?」

「珍しいケースだけど、知っておいて損するわけじゃないしね。知識として持っておくのはいいことだと思うよ」


 冲方が万屋にアイコンタクトを送ると、万屋はすぐに手招きをしていた。


「いいぞ」

「じゃ、じゃあ、俺も行きます」


 幸善は良く分からないまま、牛梁と万屋について演習場を出る。

 この時まで幸善は仙人専門の医者と聞いていた仙医の仕事だから、Q支部の中に問題の患者がいると思っていたのだが、演習場を出た牛梁と万屋はまっすぐにQ支部を出てしまい、そのことに幸善は驚くことになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る