人鳥は愛に飢えている(9)

 東雲に納得してもらい、無事にスーパーでの買い物を終えた相亀は、ペンギンを連れて家に帰ろうとしていた。買い物が目的だったので、それが済んだからには急いで帰らないと、東雲と同じようなことが起きてしまうかもしれない。


 そう思いながら、帰宅している途中のことだ。相亀は何度目かの尾行の気配に気づいた。またか、と思う一方で、その相手が誰なのかを考えてみる。


 東雲はさっき逢ったことから可能性は薄い。もちろん、これから相亀がバイト先に向かうと言っていた場合、尾行してくる可能性はあるが、相亀は家で保護しているので家に帰ると言っている。相亀の家を特定しようとは思わないはずなので、東雲の可能性は消してもいいだろう。

 他に尾行していたのはペンギンの妖怪だが、そのペンギンは相亀の隣で相亀にくっついており、尾行している気配がペンギンである可能性はまずあり得ない。仲間がいる可能性は捨て切れないが、ペンギンが何匹も外を出歩いている可能性はそんなに高くないはずだ。ペンギンの可能性も捨てていいだろう。


 そうなると、東雲以外の幸善の友達か、全く違う人物か。そう思ったところで、相亀は尾行してくる人物がいくつかの足音を立てていることに気づいた。


 一人ではなく、複数人いる。それも妖気の混ざっていない純粋な人の気配だ。


 相亀は特別耳が良いわけではないので、足音の数は一人か二人、それ以上くらいの区別しかつかない。聞こえている足音は数人のものが混ざっているようで、最低でも三人はいるはずだ。幸善の友達だとして知っているのは我妻と久世の二人だけ。もう一人が分からない。


 まさか東雲か、と相亀が思った瞬間、さっき聞いた言葉を思い出していた。朝に冲方から聞いた話を合わせると、その可能性も十分にある。かなり薄い可能性だが、ペンギンがそこに存在している可能性からして薄いので、可能性が薄いという理由で否定することはできない。


 相亀は少し歩く速度を上げ、さっき東雲を連れ込んだような人気のない場所を探していた。背後の複数人の気配はやはり相亀を尾行しているようで、相亀が速度を上げた直後、同じように歩く速度を上げている。


 ようやく人気のない路地を見つけた相亀はそこに入ると、少し先で立ち止まり、慌てて角を曲がってきた人物と顔を合わせる。


「知らない顔…やっぱり、そうか?」


 相亀に顔を見られたことで、相亀を追ってきた男達は焦っているような素振りを見せていた。相亀が足音から想像した通り、男達は三人いる。見た目からして年齢は三十代後半から四十代くらいの男達だ。その男達が尾行してきた理由は相亀の想像が当たっているなら、相亀にはないはずだ。


「あんた達の目的はこいつだろ?」


 相亀が隣にいるペンギンの頭を触りながら聞くと、男達は目に見えて動揺していた。その姿に相亀は自らの想像が当たっていたことを確信する。


 ペンギンが当たり前のように外を出歩いているのはおかしい。普通なら水族館なり何かしらの施設にいるはずだが、それらの施設からペンギンが逃げ出したという情報は冲方が調べた限り見つからなかった。そうなると、他の可能性が生まれてくる。その可能性を相亀は東雲の口から聞いていた。


か?」


 動揺した様子ながらも、相亀のその一言に男達は空気を変えていた。小さく話している内容は物騒なものになっている。


「知られたからには放っておけない」

「やるしかないな」


 何をやるしかないのか、分からない相亀ではない。問題はどうやってやるか、その手段の方だと考えながら、ペンギンの頭を撫でていた。


「少しだけ離れていてくれ。帰ったら、ご飯にしよう」


 意味や雰囲気が伝わったのか、ご飯の一言に反応したのかは分からないが、ペンギンは相亀から少し離れてくれた。男達は懐からナイフを取り出し、相亀に少しずつ近づいてきている。


「大人しくペンギンをこちらに渡せ。そうしたら、何もしない」


 一人の男がそう言ってくるが、その前の会話が聞かれていることは考えていないのだろうか、と相亀は呆れた気持ちで聞いていた。銃が出てきたら厄介だと思っていたが、ナイフなら問題ないと思いながら、相亀は身構える。

 その様子に一人の男が小さな笑みを笑いながら呟いた。


「残念だ」


 その一言を合図に三人の男達が一斉に相亀に飛びかかってきた。思い思いにナイフを掲げ、相亀に振りかかってくる。


 それから三秒後、男達は地面に伏せていた。綺麗に三人全員が意識を失っている。ナイフを躱しながら、相亀がそれぞれ一発ずつ、顎を殴りつけたことが原因だ。

 たとえナイフを持った大人だろうが、仙技を使える相亀からすると、ただの一般人は相手として不足しかない。こうなることも分かり切っていたことだった。


「さて、冲方さんに報告するか」


 そう呟いてスマートフォンを取り出した直後、ペンギンが駆け寄ってきて抱きついてくる。この関係も終わりかもしれないな、と思うと、相亀は少しだけ寂しいような気がしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る