人鳥は愛に飢えている(7)

 翌朝、相亀はいつものように自分の部屋のベッドで目を覚ましていた。今日は休日なので、学校に行くことはないが、冲方に呼ばれているのでQ支部に顔を出さないといけない。


 そう思いながら起き上がったところで、相亀は明らかな非日常をベッドの中に発見する。


「ここで寝てたのか…」


 相亀と同じベッドの中で、昨日保護したペンギンが相亀にべったりと抱きついていた。寝返りを打っていたら、踏み潰していたかもしれない状況に、相亀は苦笑しながら、ベッドから抜け出すために起き上がろうとする。


 しかし、ペンギンが抱きついている状態でうまく動けるはずもない。一度、引き剥がす必要があるかと思い、ペンギンを試しに引っ張ってみるが、ペンギンは相亀の身体に接着されたように動く気配がなかった。


(眠ってないな…)


 起きていることを確信しながら、相亀が何とかベッドから抜け出そうとした直前、相亀のスマートフォンが着信を知らせた。画面には冲方の名前が表示されている。


「電話…?」


 相亀がスマートフォンを手に取り、電話に出てみると、相亀と同じくらいに寝起きであることを感じさせる冲方の声が聞こえてくる。


「あ、相亀君?」

「どうしたんですか?起き抜けに」

「あ、分かる?」

「そんなにぼうっとした声をして分からないわけがないですよ」

「それはお互い様だけどね」


 電話の向こうから、カタカタとキーボードを叩く音が聞こえてきた。


「例のペンギンが逃げ出した施設なんだけどね。少し探してみたけど、該当する施設がんだよ。近くの水族館にも連絡してみたけど、ペンギンは逃げ出してないって言うしね。もう少し探してみようと思うんだけど、ただ時間がかかるかもしれないから…」

「引き続き、俺が保護ですね。分かりました」


 相亀は小さな溜め息をつきながら、いつのまにか相亀の顔を見てきているペンギンに目を向けていた。この同居生活はもう少し続くようだ。


「それと今日のことだけど、急ぎの用じゃないから、君はペンギンと一緒にいてあげてよ」

「え?つまり、Q支部に行かなくていいってことですか?」

「そういうこと。また今度、お願いするよ」


 電話を切ってから、相亀はペンギンを一度、引っ張ってみる。さっきと同じで離れる気配はない。それを確認してから、相亀はペンギンに向かって声をかけていた。


「ご飯にするから離れて」


 昨日、調理中の危険さを何とか伝えることに成功した結果、この言葉を言った後だけは離れてくれるようになっていた。今もペンギンは相亀の身体から離れ、ようやく相亀はベッドから抜け出すことができる。

 休日が本当の休日になった上に、ペンギンを見ていないといけないので、今日はゆっくり過ごそうかと考えながら、キッチンに移動する。


 そこで冷蔵庫を開けた相亀が動きを止めていた。


「忘れてた…」


 既に冷蔵庫の中は空っぽだった。昨晩、残り少なかった食材を使い切ることで夕飯にしたことを忘れていた。相亀が父のために用意していた食事もなくなっており、冷蔵庫は調味料と飲み物が辛うじてあるだけで、腹を満たせるものはないに等しい。


「買い物に行くか」


 相亀がスーパーに出かけようと準備を始めたところで、その気配を感じ取ったのか、ペンギンが相亀に近づいてくる。明らかに自分もついていくと言っているようだが、ペンギンを連れてスーパーに行くことはできない。


「お前は留守番な」


 そう言ってから、相亀が家を出ようとすると、ペンギンが鳴くためか嘴を開いた。その直前、相亀は玄関に並ぶ父の靴を発見していた。今日は流石に仕事が休みなのか、まだ家の中で眠っているらしい。

 ここで暴れられたら、ペンギンを保護していることが謙次にバレる。そのことを怖れた相亀は咄嗟にペンギンの嘴を手で覆っていた。それから、どうしようかと頭を抱える。


 ペンギンを連れてスーパーに行くことは難しいが、家に放置していくと父親に見つかる可能性が高い。それなら、家に放置して鳴き出し、父親に見つかってしまうより、相亀が近くにいて誤魔化せる外の方が可能性は高いのかもしれない。


 そう思って、相亀は外にペンギンと知られず連れ出す方法を考えてみる。


 不意に相亀は子供の頃の服のことを思い出していた。あれを使えば、何とかペンギンであることを隠せるのではないか。その思いから、試しに小学生の頃の服を取り出し、ペンギンに着せてみる。


 フードを被せれば頭を隠せ、丈の長い服を選べば足下も見えない。これなら、ペンギンとバレることはない、と相亀が思える格好になったことで、相亀はペンギンを連れてスーパーに出かけることにした。


 相亀の想像していた通り、その格好はペンギンであることをうまく隠してくれたようで、特に大きな問題が起こることもなく、相亀はスーパーまで行くことができていた。

 あとは食材を買って、家に帰るだけ。


 そう思っているところで、怖れていた問題が起きた。


「あ」


 その短い一声だったが、やけに聞き覚えがあった相亀が目を向けると、そこには相亀と同じように買い物しに来ていたらしい東雲の姿があった。


「あ」


 相亀が同じように呟いてしまった直後、東雲の目がペンギンに向く。角度的に顔は見えていないはずだが、問題はそこではなかったらしい。


「その子…まさか、誘拐…?」

「そ、そんなわけあるか!?」


 あんまり見られてバレても問題なので、相亀は早々にその場から離れようと、ペンギンを連れて歩き出そうとする。その時にペンギンの翼を掴んだことが問題だったようだ。


「そんなに先まで袖で隠してるところとか、凄く怪しいけど?」

「はあ?」


 相亀はペンギンの翼が見えないように、翼全体を覆うように長い袖の服を着せていた。そのことが東雲は気になったようで、相亀の動きを止めるように肩を掴んでくる。


「本当に誘拐じゃないの?信用できないんだけど?」

「お、お前の信用とか知らないから、早く離せよ」


 いつもの調子で赤面しながら、相亀が東雲の手を振り払おうとした瞬間、ペンギンが突然、東雲に体当たりを噛ましていた。完全な不意打ちに東雲は体勢を崩し、尻餅を突いている。


「あ、おい、大丈夫か?」


 流石の相亀もその様子に声をかけた直後、東雲の目が丸く見開き、相亀の前で両翼を広げているペンギンに向いていることに気づいた。


 バレた、と思った時には既に遅く、角度的に見えているだろうペンギンの顔と、相亀の顔を見比べながら、小さな声で東雲が呟く。


「み、密輸…?」


 冲方寄りの反応だと相亀は思っていた。

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